第11話 理由
いくらか落ち着いた
「こんな話、大好きないずみちゃんには、したくなかった、んだけど……」
いずみは黙って彩葉の語る問題について耳を傾けた。
「高校の三年間だけ、付き合ってた彼氏がいたの」
――出会いは中学生のときだった。
中学にあがると同時に引っ越した彩葉は、周りが小学時代から一緒にいた生徒ばかりなのに対して、不安感を覚えていた。もうすでに完成している輪を乱してまで中に入ることなど、できそうもなかったのだ。自分から話しかける勇気はなく、会話に混ぜてくれそうな人を探していたが、結局見つけられなかった。俯いて存在感を消し、教室内に存在しない影になることを心に決めていた。
そんな暗い帰り道、優しく声をかけてくれたのが
初めて会ったというのにそんな気はしなく、ずっと前から知り合いだったかのように打ち解けたふたりは、時が経つにつれてさらに仲を深めていった。周りから見てもふたりが付き合うことになるのは必然だった。
彩葉が高校に上がると同時に影島に告白され、もちろん、快諾した。共通の趣味が合ったわけでもないが、一緒にいて楽しい人だった。いつも笑い合い、ほとんど喧嘩はない。したとしてもすぐに仲直り、それからまた絆は深まっていく。ふたりとも成績に問題はなくむしろ優秀で、周りとの関係も良好、どこまでも理想的なカップルと言えた。だからこそ、いつまでも一緒にいるのだと信じ切っていた。このまま結婚して、素敵な家庭を築いて、死ぬまでずっと一緒に幸せでいるのだと、思い込んでいたのだ。
影島が三年になると、当然受験に打ち込むことになる。彩葉は遠くの難関大学を目指すという影島を応援していた。自分も後からそこに行くことを目指しながら。会うことも少なくなり、夜中に通話することもなくなった。それでもふたりの心は繋がっていたし、切れることは決してなかった。
――しかし、影島は受験に失敗した。
誰よりも真面目に勉強に打ち込み、誰もが影島は絶対に合格するだろうと確信していた中の、突然の悪いニュースだった。当日緊張して自分の力を出し切れなかったのだろう、きっと今年のライバルが強すぎたんだ。周りはみんな影島を励ました。お前のせいじゃない、お前はよくがんばっていた。それが余計に影島の心を、酷く切り裂いたのかもしれない。
それ以来、彩葉を毎日のように家に呼んだ。初めは、やっと大好きな人に会える、やっと大好きな人と遊べる、と嬉しく思っていたが、それは違ったらしい。家に入るなり、平手を食らった。何が起きたのか理解できないまま、彩葉は影島の部屋まで手を引かれていった。どうして俺が、どうして俺だけが。影島の口癖になったその言葉は、何一つ関係ない彩葉に、拳と共に幾度となく浴びせられた――。
それからはいろんなことをされた。腹を殴られ、髪を掴まれ、首を絞められ、煙草の火を押しつけられ。それでも影島は、顔だけは大切にしていた。バレるとまずいから、なのか、それとも。
「それに……それにね、その……らんぼうに……」
「いいよ。言わなくて、いいんだよ」
続けられる言葉を容易に想像できたいずみは言葉を止めた。言いたくないことは言わなくたっていい。いずみには伝わっているのだから。肩に腕を回して、優しく包み込んだ。
「怖くて、怖くて……でも、その一年は、がんばって耐えたの」
限界に達しながらも耐えきった彩葉は、影島のいる地域からある程度離れているこの大学を選んだらしい。縁を断ち切るために。その作戦は上手くいき、大学に進学して以来、影島の話題は周りからなくなり、影島自身の気配も消え去ったのだと言う。
しかし今、彩葉は怯えている。
「この前……大学の前で、見つけたの」
影島はどう調べたのか、彩葉のことを見つけたらしい。大学構内にまで入り込み、彩葉を探していた。何をするためかもわからないが、とにかく切ったはずの縁がまた浮上し始めているのだった。
「そのときはバレないようにって、急いで逃げたんだけど。これからもそうやって生活していく訳には、いかないし……それ以来、男の人を見ると、それだけで、怖くて……」
家族には影島から暴力を受けていたことすら言えていなかったため、こんなことは相談できない。だから、話せるのはひとりしかいない――いずみしか、いないのだ。
「それは……怖かったね」
いずみは彩葉の手を軽く握った。震えていた。
「でも、ずっとそばにいるから。守るから。大丈夫」
「うん、うん……」
彩葉は再びいずみの腕の中で泣き出した。
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