第57話 ミノタウロス殲滅戦(後編)

==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・九合目・丘陵地帯==



その爆発は、馬車付近で様子を見続けていた彼らの目にも入っていた。

黒い装束と暗器に身を包む三人の男、セイ・ジグレイアとラウガ・ゼレフ、ツァーリ・エルマンの三名である。



「あららリップがとちったみたい。珍しいこともあるもんだ」


「…………」


「それで、助けに行くの?」



Bランク冒険者の暴竜使いファフニールことセイのつぶやきに同じくBランク狂戦士ベルセルクのラウガは反応を示さない。

その代わりに応えたのは、二人に比べて親子ほど歳の離れていそうな少年ツァーリだ。


彼の白髪はくはつから覗く碧眼へきがんは人を食ったようないびつな輝きを放っている。



「もちろん僕は行くけど、二人は?」


「…………」


「いいよ、俺も興味あるし……皇子様の実力」



大男は口を開くことなく頷き、少年はニヤリと口角を上げて答える。そして、二人の同意を得た金髪の優男が満面の笑みを浮かべた。



「うん、それじゃあ少しだけ暴れますか……!」



そう言うとセイは短剣を真上に掲げ、ややとらえどころの無い軽やかな声で魔法の詠唱を始める。


彼を中心に形成された巨大な魔法陣は高貴で鮮やかで、それでいてどこか謎めいた紫の微光を放っていた。

ひたすら長い詠唱の後、今一度優しく微笑んで空に語りかける。



「出てきていいよ……嵐騎竜らんきりゅうファフニール」



セイの言葉とともに魔法の粒子が逞しい脚を、硬質な鱗に覆われた胴を、長い腕と鋭い爪を、翼を、凛々しい巨竜の全身を生成する。


凶悪な見た目からは想像出来ないほど従順で大人しいその竜は召喚者から頭を撫でられ満足げに目を閉じる。



「よしよし……さて、行こうか」



地に伏せ、彼らが背に乗るのを待ってから巨竜は羽を広げて空を舞う。

三人を乗せてもまだ余裕がある、というより大人の男でも十人以上は容易く運ぶことが出来るのではないだろうか。


その巨体はとある二人の女性の視界に大きな影を落とす。



「リ……リカさん! ななな、なんですのあれは⁉︎」


「知りませぇん、でも敵ではなさそうだしぃ……それにちょっとかわいい」



突然背後に現れた巨竜の姿に口を開けて驚く二人の女性達。

いずれもCランク冒険者で、マリ・チェロエッタとリカ・ブエナスである。


彼女ら二人は本陣の要、土魔法で要塞を作り上げた張本人だ。

そのすぐ後ろで巨大な竜が突如出現すれば間の抜けた顔で反応するもの無理はないだろう。



「か……かわいい?」


「ええ! 私も召喚魔法練習してみようかしらぁ」



そんなマリとリカは、先行したBランク冒険者フロウのパーティメンバーである。


ともに明るい金髪でドレスのような露出の多い服装だ。

派手好きなフロウ・ヴァルセントが好みそうな容姿。


そんなフロウはと言えば、四体のミノタウロスによる猛攻をたった一人で凌いでいた。



「オラオラァ! 遅ェ! 弱ェ! クソ雑魚どもがァ、オレ様の邪魔をするんじゃねェ!」



別名、不滅ヴァルダーとも呼ばれる実力派のフロウ・バルセント。これまで彼は何度も死に瀕しながら生還して来た。ゆえに不滅。


愛用の棘鉄球とげてっきゅうは一人で多数を相手取るのが得意で、いかなる暴力にも屈しない彼の性分に合っている。

とはいえ、身長差が三倍以上もあるミノタウロス相手では攻撃を防ぐのがやっとの状況であったーーーーが、それも彼が一人であればの話だ。



不滅ヴァルダー……周りは片付いた……」


不滅ヴァルダーさん、私達もいけまーす!」



そこには、彼の“不滅”を支える二人の立役者がいた。

二人組の女騎士、ソルルとマニニのグレータ姉妹だ。


麗しい女性でありながら荘厳な軍服に身を包み、長剣を携える姿に気品と凛々しさを感じさせる。



「仕方ねェ、けど二体はオレ様のもんだァ。あとは分けてやる!」


「まったく……」


「これが世に言うツンデレというやつですぅ!」


「あァ? 何か言ったかァ⁉︎」


「何も……」


「今は目の前の敵に集中するですぅ!」



フロウは不服そうに舌打ちをしながら二体のミノタウロスと対峙する。そして、残り一体ずつを割り当てられたソルルとマニニ。



「【光】ーー【収束】ーー【凝縮】ーー【放出】ーー高貴な光の女神よ……ここに強大な光の一撃をもたらせ【豪光撃ごうこうげき】」


形成剣けいせいけん巨式きょしき! ですぅ!」



ソルルが放つ閃光はミノタウロスに膝を着かせ、マニニが持つ剣はみるみるうちに巨大化し硬い腕を切り裂く。

流石はBランク冒険者、リーダーのフロウに負けず劣らずの実力者だ。



「俺たちも加勢するぞ!」



そこへヴァリアン・ロー率いる一団も合流。

四体のミノタウロスがあっという間に討伐されたところで事態は急変する。



「ちっ……あいつら怖気付いて逃げやがった」



彼らが丘の頂上を見上げればそこにケンタウロスの姿はなかった。

先行して丘を降りた六体のミノタウロスが倒され、不利を悟ったモンスター達は既に逃亡していたのだ。


上位モンスターの高い知能と戦闘能力、それをもってしても難なく突破出来る特記戦力がそこには集っていた。



「Aランク一人とBランクが七人……流石に強いねー。でも逆に、こんだけ集めりゃもう余裕っしょ。“ブリスブルクを陥落させる”なんてさ……ぷぷっ」



一人の女性が小さく呟く。

彼女の声が“馬車の外”へ聞こえることはない。

そして、同乗する男もそれに応えるでもなく声を震わせた。



「ラウズ様……どうかあの約束だけは」


「分かってるって、うっさいなー。ニア君は好きにしていいってば……」


「有り難う存じます」


「けど最優先は風の戦乙女ワルキューレだかんねー。まぁそっちは“あの子”がやってくれるかなー? ワクワク! あの子も一回失敗しててあとがないからねー。楽しみだなー!」


「承知致しました」


「それとさ、今はフィキティ・ラウズ様じゃなくて“リディアお姉さん”……でしょ?」



紫色の美しい御髪みぐしを風に揺らす女性、リディア・スウェル。ヴァリアン・ローのパーティをサポートするギルド職員。


その張り付いた笑みの裏側から底の知れない邪悪が顔を出す。


そして、事態の収束を見届けた彼らは残り二人のギルド職員と合流し、何事も無かったかのように再出発の準備を始めたのだった。

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