第56話 ミノタウロス殲滅戦(前編)

==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・九合目・丘陵地帯==



三台の大型馬車は岩の要塞に囲まれ、Aランク冒険者一名およびBランク冒険者二名を筆頭にモンスターの迎撃に当たっていた。



「バロン君どうだい? ダンジョンの深部は」


「これしき楽勝ですよ…………バーグさん……!」



Aランク冒険者バーグ・アムレードはモンスターをあしらいながら不敵に微笑わらう。

白銀の鎧に黄金の大剣、竜滅の英雄バルムンクという二つ名に恥じない堂々としたちだ。



「では少しの間、私は手を出さず見守るとしよう」


「ま……任せてください……!」



その全てを見透かすような紫紺の瞳に映るのはまだ小さな勇姿。

彼、バロン・ブレイザーはDランク冒険者にしてブリスブルク領主の孫である。


見るからに高価な鎧と剣で必死にモンスターに立ち向かうが、これまた見るからに実力が伴っていない。


首すじを伝う汗、肩で息をする背中、その背後から一体のハイコボルトが迫る。



「【大気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々たる火の神よ、ここに強大な炎の一撃をもたらせ【豪炎撃】」



振り向きざまに弾け飛んだバロン少年の汗が熱風で霧散した。続いて彼の目に映ったのは火だるまとなり果てた人狼のモンスターと杖を構えた一人の少女。



「まったくバロンってば油断しすぎよ! 訓練じゃないんだから、あんまり調子に乗らないで!」



長い黒髪を二つ結びにしたおさげ髪、眼鏡越しでもはっきり分かるほど大きな瞳をした美少女がアン・コルティだ。


バロンの学友でありDランクのパーティメンバー。

下級貴族の令嬢で、魔法と魔法に関する知識は大人顔負けの実力を持っている。



「いちいちうるせーんだよアン! 援護なんてなくたって余裕だったっつーの!」


「はぁ⁉︎ 助けてもらっておいてその態度……もういい! 次は助けないからねっ!」


「だから助けられてねーつーの!」


「ふ……二人とも喧嘩はやめて……!」



バロンとアンの間に割って入ったのは彼らのパーティで回復術師を担当するプウナ・エンヴァスという名の少女だ。

金髪に白装束の姿はいかにも聖職者といった装いである。



「け……喧嘩なんてしてねーよ、こいつが勝手につっかかってきただけだし」


「そうよ喧嘩なんてしてないわ! この馬鹿にお灸を据えてただけよ、心配させてごめんねプウナ……大丈夫だよ、よしよし」


「本当に……? 本当に喧嘩してない?」


「してないしてない、なぁアン?」


「え……ええ、私達はいつだって仲良し四人組よ! おほ……おほほほほ」



彼女の冒険者ランクはE、身体も小さく気の弱いプウナは同級生の二人に比べて幼く見える。

というより、弱冠十二歳にしてはバロンとアンの立場と実力が大人びた印象を抱かせるのだろう。


そして、彼らのパーティにはもう一人メンバーがいた。



「メリーさん、次の矢いきます!」


「こっちも連続で爆烈矢だ!」


「風、お願い!」



目尻が釣り上がった気の強そうな少女は懸命に絶え間なく矢を射る。弓兵、ミラーナ・クールその人だ。


プウナと同じくEランクの冒険者。

青色の短髪で耳にピアスを開けた外見から気性が荒そうに見えて弓矢の扱いは堅実そのものだ。


一生懸命で迅速な動きの中にも彼女の几帳面な性格が垣間見える。



「ウェルグさん、後ろ!」


「心配いらないぜ嬢ちゃん! 俺は近接戦闘もいける口なんだ!」


彼女とともに弓をとる青年はDランク冒険者のウェルグ・ドーベル。背後から奇襲をかけたハイコボルトに難なく対応する身のこなしは同じDランクといえどバロンやアンとは一線を画している。



「そら、もう一発! どんどんいくぜメリー!」


「うけたまわった!」



彼らの放った矢は突風に運ばれて、丘の上を陣取るモンスターを牽制けんせいしていた。


風の正体はもちろん自然現象でも魔法でもない。

空色の髪を後ろで結んだ幼気いたいけな少女がそれを操っているのだ。


Bランク冒険者、通称風の戦乙女ワルキューレと呼ばれているルーキーのメリー・ロゼット。

彼女は、剣と魔法がものをいうこのアストレーリャ大陸全域を見ても珍しい“神の寵愛”を受けた少女である。


彼女の力の源は風神の寵愛。

体内に蓄積される魔力を消費することなく風を操る。



「風、お願い」



言葉数の少ない彼女の、そんな小さなつぶやき一つで嵐が吹く。


一陣いちじんの風となった超高速の矢、それでも半馬半鬼のケンタウロスは軽い身のこなしでかわし続ける。

そして、四足歩行の下半身は回避しながらもバランスを保ち、すぐさま反撃を放って来るため非常にタチが悪い。


牛鬼ミノタウロスとともに針林ダンジョンにおいて最強格のモンスターと称されるだけはあるといったところだろう。



「はぁ……はぁ……モンスター相手に……弓矢の狙撃戦をするとは思ってませんでしたよ……」


「そういう割には上手く対応してるじゃねーか、筋がいい! あてにさせてもらうぜ後輩!」


「頼りにしてますよ……先輩!」



主にケンタウロスはミノタウロスと一緒に活動する。

此度こたびの戦場においても例外は無く、前線ではその牛頭うしあたまのモンスターと幾人いくにんかの冒険者達が今まさにぶつかり合おうとしていた。



「メリー! ウェルグ! ここは任せた!」


「了解だぜ、ローの旦那!」


「あいあいさー」



Dランクの弓兵ウェルグとBランクの剣士メリーを従えるパーティリーダーがBランク冒険者のヴァリアン・ローだ。


彼にはつい最近、怪槍ベオウルフという二つ名がついたばかりで戦闘における功績は少ない。

しかし、その知識や統率力を評価され今の地位を築き上げた努力家である。



「ニスカ、アルフ、リヨンは俺について来い! フロウパーティの援護に向かう!」


「おーけー! ようやくお姉さんの出番ね!」


「この業炎クリムゾン、アルフレッド・スティンガーが全てを燃やし尽くそう」


「わ……分かりまちた! うぅ、また噛んだ……」



そんな彼を最も近くで支えているのはCランク冒険者で双剣士のニスカ・モニーク、同じくCランクの魔法使いアルフレッド・スティンガーの両名。

彼らは孤児院出身の若手冒険者パーティだ。



「俺とニスカが左右を、アルフは前方に群がってくるモンスターをリヨンは上からの矢を障壁で防いでくれ!」



三人を中心とするパーティに後輩のメリー、フリーのウェルグが加わり、最後に彼らの固定メンバー入りを果たしたのが回復術師のリヨン・サルヴァスだった。



「【光】ーー【粒子】ーー【凝固】ーー【定着】ーー高貴な光の女神よ……迷える我らを護りたまえ【障壁】」



彼女が前方に光の障壁を展開し、四人は先行するパーティの元へ急ぐ。周りに転がるモンスターの死骸を押し除け、飛び越え、止まることなく走り続けた。



「リディアさん……あれ、全部回収するのに何日かかるんでしょうか」



大型馬車で待機している冒険者ギルドの女性が不安そうに語りかける。



「うん、今回も豊作ね!」



綺麗な紫色のロングヘアをなびかせて、ギルド職員のリディア・スウェルがそう応えた。



「そのポジティブが羨ましいです……」



冒険者達が通ったあとの戦場に溢れかえるモンスターの死骸。

その数はざっと見ただけでもゆうに百を超えている。


大きくため息をついて肩を落とす女性、その視界の端で“爆発した何か”が見えた。



「あれは……」


「ニア君……!」



あまりにも遠く、はっきりとは分からなかったがそれはヴァリアン・ロー率いるパーティの最後の一人、Cランク冒険者のニア・グレイスが向かった地点であった。

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