第52話 半鬼半鬼のケンタウロス

==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・八合目・丘陵地帯==



切りひらいた道を四台の大型馬車が行く。

獄雷閃の連発で流石に疲労した僕も、ギルド職員さんが用意してくれた“魔力供給剤”のおかげで準備は万端だ。


ーー少し苦いけれど、こんな便利なものもあるんだなぁ。街で買えるかな?



「ニアくんニアくん、それって美味しい?」



馬車に戻ればまたリップからの質問責めタイムが始まる。

今彼女は僕が飲んでいる魔力供給剤に興味があるようだ。



「味わうためのものじゃないと思いますよ……少し苦いです」


「えー! これもしかして人が飲んでるものは美味しそうに見える現象⁉︎ 隣の芝は青く見えるってやつ? ……ってかニアくん敬語抜けてないしー!」


「あっ……すいません、じゃなかった。ごめん気をつけるよ」


「よろしい! さっきまではお楽しみだったみたいだけど、ここからはアタシ達の出番かなー? この辺ってミノタウロスとかケンタウロスとか出るんでしょ⁉︎」



この先にはハイオークやハイコボルト以外にも様々な獣系のモンスターが分布ぶんぷしている。特に強力なのが牛人モンスターのミノタウロスと半馬半鬼のケンタウロス。


子供の頃、「夜ふかしするとミノタウロスやケンタウロスに襲われるぞ」とおどかされるほど多くの人々から“恐怖の対象”として認知されている。


ーー前回はいきなりキマイラとの戦いになって、その後すぐに気を失ったから大丈夫だったけど今回はそうはいかないだろう。ミノタウロスにも獄雷撃は通用するだろうか。


そして、僕らは森を抜け広大な丘陵地帯きゅうりょうちたいへたどり着いた。少しずつ日が傾きかけてきた時分。


ーーもうすぐキマイラと遭遇した地点に着く。今はメリーとのことは一旦忘れてダンジョン攻略に集中しないとな……!



「ねぇ! 大穴ってどんくらいデカいの? ニアくんは見たことある?」


「僕は見たことないよ、少し前に冒険者になったばっかりだから」


「セイは何度か来てるよね? どんくらいデカい? ねぇねぇ!」


「はいはい、もうすぐ着くから大人しく待ってようね」


「ぶー!」



ふくれたリップをよそに馬車は丘陵地帯を進み続ける。

車窓からコボルトやオークの群れがちらほら確認出来るようになって、悲鳴のような馬のいななきを合図に馬車が止まった。



「おっ! ようやくアタシの出番だねー!」


「リップ、あんまり手の内を見せるようなことは……」


「大丈夫大丈夫! 気にしない気にしない! セイってば、あんまり考えすぎるとハゲるよ? さっニアくん行こ!」



また大きなため息をつくセイさんに軽く会釈して僕も馬車を降りるリップに続いた。

見れば四台の馬車を取り囲むようにして数多のモンスターが行手を阻んでいる。上位のハイコボルトやハイオークも相当数見られ、早くも一筋縄ではいかない戦況だ。


既に先陣を切っていたのはバーグ、メリー、フロウの三人。それぞれのパーティにおけるエース的存在である。


バーグの大剣が、メリーの風の刃が、フロウの“鉄球”が、次々とモンスターを蹴散らしていく。



「オラオラァ! まだ食い足りねェぞ!」


「「キャー、フロウ様かっこいい!」」



取り巻きの女性達の声援を一身に受けるフロウ。

彼が手にしているのは鎖で繋がった棘鉄球とげてっきゅう、いわゆるフレイルやモーニングスターと呼ばれる武器の一種だ。


近距離、中距離を問わないスタイルで例え上位モンスターであろうと一撃で殲滅せんめつしてしまう。


ーーバーグ、メリー、フロウ。あの三人だけでここいらのモンスター全部倒せるんじゃ……?


そう思った矢先のこと。



<<時は来た……危機に備えよ>>



あの声が頭の中に響き渡る。今回は明らかな警告だ。

どこから何が来るかまでは分からないーーーーけど、いち早く対処出来るのは僕だけ。


ーー考えろ、周りを見ろ、起こりうる最悪の状況を想定しろ!


ここは見通しの良い丘陵地帯、不測の事態があればすぐ分かるはず。総勢四つのパーティによって周囲の警戒は完璧。今回はキマイラだって見当たらない。


ーーなら迫り来る“危機”はモンスターの奇襲じゃない? いや、まだ一つ可能性が残ってる!



「ニアくん、どったの?」



周囲への警戒を強める僕、不思議そうに顔を覗き込むリップ。狭まる視界の片隅、上空で何かがキラリと光った。



「土壁!」



次の瞬間、前方から数え切れない“矢の雨”が降り注ぐ。

間一髪かんいっぱつ、僕が作った土壁に守られて被害は無し。


ーー練習しておいて正解だったな……!


四つの馬車と仲間達を守る大きな土壁、それが崩れ去ると遠方の丘から僕達を見下ろす複数の影が見えた。



「ひゃーあれがケンタウロス⁉︎ モンスターのくせに弓矢とか使ってくるんだ! へぇー面白いじゃん」



ギラリと目を輝かせるリップ、しかし目標のケンタウロスまではかなりの距離がある。加えて僕らは馬車を守りながら戦わなければならない。


ーーまだ再出発出来るほど周りのモンスターも片付いてない。さて……どうするべきか。


弓使いのウェルグさんも反撃に出ていたがこちらから高所である向こう側に矢は届かない。獄雷撃や獄雷閃もまだ射程外。こうして迷っている間にもヤツらは第二射を準備していた。悠長に考えている時間は無い。そこへーーーー凄まじい追い風が吹き荒れる。



「ウェルグもっと打って、出来るだけたくさん」


「あいよ、特製の爆烈矢だ! 出し惜しみはしねぇ!」


「メリーさん、私の矢も使って下さい!」



ウェルグさん、そしてバロンパーティの少女が放った矢をメリーが風で操作、ケンタウロスに直撃こそしなかったものの爆風でヤツらの追撃阻止に成功した。


ーーすごい、流石の連携だ!


そこへ間髪入かんはついれず続いたのはフロウ。

彼は怒声を上げながら、とても重量のある武器を持っているとは思えないスピードで駆け抜けていく。



「おい、ソルル“障壁”だ! 三人で打って出るぞマニニ!」


「了解した」


「は……はいぃ了解ですぅ」



後ろに控えていた騎士風の二人が彼の指示を受けて動きだす。



「【光】ーー【粒子】ーー【凝固】ーー【定着】ーー高貴な光の女神よ……迷える我らを護りたまえ【障壁しょうへき】」



魔法で光の壁を作り出したのはソルルと呼ばれた女性。

短く切り上げた髪と鉄の鎧鎧は、男装の麗人と呼ぶに相応しい。


彼女が作り出した障壁を盾にして三人が突き進む。


ーー彼らが前線を押し上げている今がチャンスだ! 



「良い顔するねーニアくん、それじゃアタシ達も行こうか!」


「ああ!」



僕も一発の獄雷閃をもって反撃の狼煙のろしを上げた。

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