第51話 魔法使い達の小戦場

==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・一合目==



針林ダンジョンは、槍のように鋭い幹の針葉樹林に覆われた天然の要塞だ。そこを馬車で進もうというのは一見無謀にも思われるが、それを可能にする二つの方法があった。

一つは除木剤じょもくざいと呼ばれる薬品の使用、そして二つ目が魔法使いによるゴリ押し戦法だ。



「【大気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々たる火の神よ、ここに強大な炎の一撃をもたらせ【豪炎撃】」



黒いおさげ髪に眼鏡が特徴的な一人の少女が豪炎撃の魔法で十本程の樹々を焼く。そこには彼女以外に五人。メリーとアルフさん、フロウの隣にいた二人の女性、そして僕。

その場はメリーを除いた僕ら魔法使い五人の“力比べ会場”となっていた。


ーー彼女は確かバロンくん率いるパーティの魔法使いだったな。きっとアカデミーの同級生なんだろう。


続いてフロウパーティの女性二人が立て続けに豪炎撃を放つ。彼女ら二人の魔法はそれぞれが折り重なって互いを強化していた。結果およそ二十本の木を焼き払う。



「うふふ、私達の手にかかればこんなものね!」


「フロウ様ぁー! 私達のこと見ていてくださいねぇー!」



フロウを始め魔法使い以外の人達は周辺の警護にあたっている。残るギルド職員が馬の手入れや、比較的木々の少ない場所を選び除木剤で道の整備を進めているところだ。

その薬品は一滴垂らせばたちまち針の木を腐食させ次第に道なき獣道けものみちあぶり出す。


ただ、魔法使いによる攻撃と除木剤による整備を含めても現在最大の功労者はメリーだった。

彼女が無尽蔵に繰り出す風の刃が次から次へと針の木をなぎ倒す。一昨日よりも昨日、昨日より今日と次第に切れ味が上がっているように見えた。


ーーメリーも少しずつ強くなってる。彼女もまた神の寵愛を引き出すイメージが洗練されているんだ。僕も負けてられない。


次は桃髪のアルフさんが杖を構えていた。



「【大気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々たる火の神よ、ここに強大な炎の一撃をもたらせ【豪炎撃】」



灼熱の炎が渦を巻き、前方の樹々を一切合切いっさいがっさい焼き払う。その威力は凄まじく約三十本を消し去った。


ーー凄い! 以前見たよりも数段威力が上がってる。次は僕の番だ!


アルフさんに続いて僕は魔導書を取り出し、豪炎撃のイメージを描く。

単発の火球である炎撃よりも勢いと貫通力がある豪炎撃、その突進していく火の渦を頭の中で形成、増幅、固定化して顕現けんげんさせる。



「豪炎撃!」


「え……詠唱の省略⁉︎」



フロウパーティの女性二人、そして眼鏡の少女が目を見開く。

しかしながら、その威力は針の木々を二十本焼いた程度でまだアルフさんの豪炎撃には勝てなさそうだ。



「ふふ……やはりこの業炎クリムゾン、アルフレッド・スティンガーの足元にも及ばないな。悔しかったらキマイラを倒したという魔法でも使ってみせるのだな……そんな強力な代物を安安やすやすと使えるものなら…………だが」



アルフさんは僕を見下すような時だけ饒舌じょうぜつになる。得意気な顔でまた豪炎撃を連発して道を作っていく。


ーー単純な魔法の力比べでは彼に勝てない、けど僕にだってメリーと同じく“神の寵愛”がついている。



「キマイラを倒した魔法……は出来ないですけど、それに近いものならいつでも撃てますよ!」


「こんな前半のたかが木を焼くだけのことに上級に匹敵する魔法を使うと……?」


「いえ、ただの雷撃ですから」


世迷言よまいごとを……」



ーーと、その前にやることが一つあるな。


僕は近くのギルド職員に尋ねる。



「あの……」


「ニアくん! どうされましたか? このリディアお姉さんが恋しくなっちゃいました?」


「いや……えっと“あの魔法”を使いたいので前方の安全確認をしておこうかと思いまして」


「あの魔法…………ですか、なるほど。この辺りは針林ダンジョンの玄関口である草原地帯から大きく東に迂回した地点となりますので気にせずぶちかましちゃってください!」



ーーお姉さんも今日はテンションが高いなぁ。よし、僕も負けてられないぞ!



「ありがとうございます! 行ってきます!」



リディアさんとの会話を終え、僕は魔法使い達の小戦場へ戻る。メリーやアルフさん達の活躍もあり、四つの大型馬車が悠々と入っていけそうな道の入り口が形成されつつあった。

しかし、まだまだゴールは見えてこない。


ーーよし、ここは僕の出番だ!



「アルフさん、胸をお借りします! 何か気づいたことがあったらぜひ教えてください!」


「私の邪魔だけはしないでくれたまえよ……少年」



アルフさんに軽く会釈えしゃくをして僕は最前列で針の森の対峙する。魔導書に手を添え、黒い杖を前方に突き出し、頭の中でイメージを固定化させて。



「獄雷閃!」



真紅の魔法陣が僕の視界いっぱいに広がって水平方向への凶々まがまがしい雷撃の閃光を解き放つ。固定化された獄雷閃の威力はイメージの強さで変わるものではなかったが、針の木々を一撃で“百本以上”吹き飛ばすには十分過ぎるものだった。


ーー街中では気軽に使うことも出来なかったから思えばちょっと久々だなぁ。


なんてたわいも無い感慨に浸りつつ、アルフさんの方を一瞥いちべつする。見れば彼は呆然ぼうぜんと焼け跡をただただ眺めていた。


ーーあぁまたあきれさせてしまったかなぁ。もっと頑張らなきゃ。


僕は一度目の獄雷閃が消失したのを見送ってからもう一撃、さらに二度三度と繰り返す。それを見ていた他の魔法使い達は手を止め立ち尽くす。



「すごい……」


「ちょっとリカさん、あれはなんですの……?」


「知りませぇん……あんなの初めて見ましたものぉ」



何度か獄雷閃を放つとやがて樹々の隙間が目立ち始める。

魔力量はまだ十分、僕がとどめの一発を詠唱すればゴールが姿を現した。

振り返って見ると、フロウパーティの女性達は既に馬車へ帰り眼鏡の少女は岩に腰をかけ休憩していた。


アルフさんはと言えば、口を開けたまま僕の方を眺めている。


ーー僕、なんかやっちゃったかな?


そうして今回のダンジョン攻略中腹の整地、および魔法使い達の小戦場は幕を閉じたのだった。

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