第53話 反撃ーランアンドガンー

==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・八合目・丘陵地帯==



丘の上には十数体のケンタウロス、いずれも弓矢を構えこちらへの追撃を画策している。

それを阻止、撃退するためには道中うじゃうじゃとひしめき合うコボルトやオークの群れを突破しなければならない。


ーーかといって、目の前の敵に集中すればまとだ。


現在、こちらの最前線を押し上げているのは真正面から突っ込むフロウパーティの三人。集中砲火をものともしない文字通りの快進撃。


そこへ少し遅れて飛び出した僕とリップが別方向から彼らに続く。


後衛からは弓使いの二人とメリーの風操作による超長距離攻撃がケンタウロスを牽制けんせい、馬車や後衛職の防衛に関してもバーグを始めとする実力者揃い。当面は問題ないだろう。

そこへさらにーー



「「【大地】ーー【溶解】ーー【凝固】ーー【噴出】ーー厳格たる山の神よ、ここに強大な岩の一撃をもたらせ!【豪岩撃】」」



フロウを囲っていた二人の女性、彼女達が協力して放った【豪岩撃】の魔法が馬車の周囲に“岩の要塞”を創り出す。


それは僕の創り出した土壁が魔術的にも芸術的にも物凄く陳腐ちんぷに見えるほど美麗で荘厳なたたずまいである。


ーーす……凄い! なんというか……美しい! よし、僕も負けてられないぞ!



「獄雷閃!」



水平方向に伸びる真紅の閃光は数十体に及ぶモンスターを消滅させたが、当然のごとくケンタウロスが居る丘の上までは届かない。


ーーもちろんそんなことは織り込み済み、今はそれでいい。



「リップ! ケンタウロスまでの距離はあとどれくらい?」


「その“とんでも魔法”があともう二本分くらいかなー?」



ゆうに百本以上の樹々を焼き尽くすことが出来る獄雷閃、しかしてその効果範囲を僕自身で確認することは難しい。僕の視界は紅の魔法陣で埋め尽くされてしまうためだ。


だからこそ“とりあえずの一発”で距離を測った。我ながら贅沢な使い方だと思うが、おかげで道もひらけて魔力の回復まで叶ったのだから問題はない。


ーーそれにしても獄雷閃の約三倍、まだかなりの距離がある。



「出来たら今の魔法が届く距離まで近づきたいなぁ……なんて……」


「ちょいちょーい、何いきなり弱気になってんの⁉︎ この超絶最強美少女戦士リップちゃんに任せんしゃい!」


「ありがとう、頼もしい限りだ!」


「よっしゃ燃えて来たー! まずはとにかく走る! 寄って来た周りの雑魚はアタシがる! そんでニアくんがケンタウロスを倒す! オーケー?」


「お……おーけー!」



到底作戦とは呼びがたい目標を掲げ、僕とリップは前線を駆け上がる。

背中を預けるにはまだ彼女のことを何一つとして知らないままだけど、何故か不思議とやれる気しかしない。



<<時は来た>>



僕の心の中の声もそう言っていたからーーーー気がついた時にはもう足が動いていた。

とはいえリップの武器が全く気にならないかと言われればそれは嘘で、僕は彼女の装備を改めて観察する。


ーー武器は背中の槍、そして全身の至るところに忍ばせた様々な形のナイフ。そこから察するに彼女は明らかな近接戦闘タイプだ。


しかし、それらの槍をナイフを手に取ることもないまま彼女は全速力で丘を登る。


ーー少しだけ……ほんの少しだけ心配になってきた。



「いやーん、そんなに舐め回すように見ないでー。ニアくんのえっち……!」


「そ……そういうわけじゃ!」


「大丈夫、武器ならもう両手に“ついてる”よーん」



言われるがまま彼女の両手を見れば、金銀の派手な装飾があしらわれた手袋をつけていた。


ーーあれで殴って戦うのかな? 何かの魔導具だろうか。



「ニアくん、前!」



彼女の装備と軽口に気を取られていたわずか数秒、その間に無数の獣モンスター達が僕達の行く手をはばむ。我先にと群がる姿はまさに野獣そのもの。

きっと彼らにとっては僕らが餌にでも見えているのだろうが、それはこちらにとっても同じこと。



ーーよし……一度立ち止まって体勢を……!



「ニアくん、走り続けて!」


「えっ……でも!」



待ち構えるコボルト達、無謀にもそこへ突っ込んでいくリップ。

彼女が一度手を開きそしてまた閉じるーーーーたったそれだけの動作、時間にして一秒にも満たないその間に十体近いコボルトの首が漏れなく吹き飛ぶ。



「へいっ、一丁上いっちょうあがりぃ!」


「なっ……!」


「さぁさぁ足止めなーい、あの丘の上まで競走だー!」



一瞬戸惑ったもののリップの調子に乗せられるがまま僕も後を追いかけたーーーーが、そこへ上空から反撃の一手が迫る。



<<さらなる危機に備えよ>>



その警告が意味することは考えなくても理解出来た。

丘の上でふんぞり返っているケンタウロスからの攻撃だ。


やがて視界に入るいくつかの矢、超長距離にも関わらず正確に狙いを定めて来る。


僕は勢いを殺さぬよう出来る限り前方に土壁を創り出す。



「土壁!」



ーーもうケンタウロスの注目がこっちにも集まり始めた。けど、リップの突撃に合わせて僕が援護さえ出来れば……押し切れる。


馬車の守りは固い、後衛からの牽制けんせいもある。そして大半の注目を先頭のフロウパーティが請け負ってくれている今がチャンスだ。



「お次はオークが四名様! もれなく地獄行きでぇーす!」



リップの不思議な攻撃はオークの硬い身体もなんなく八つ裂きにしていく。僕も負けじと獄雷撃でコボルトの群れをほふる。道を切り拓くと同時に魔力の補給もまかなう算段だ。



「ふぅー! ニアくんやるぅ! アタシももっと凄いの見せちゃうよーん!」



リップはそういうと背中から槍を取り出して、モンスターの群れに思い切り投げつける。

ヤケクソのようにも見えたその一投は右へ左へとまるで“生きている”かのよう、何度も鋭い軌道でえがく。そしてーーーー



「ずきゅーん!」



リップの愉快なかけ声とともに、精鋭であるハイコボルトの側頭部を槍がえぐった。それとともに、突き立ったはずの槍はまた不思議な力でリップの手元まで戻って来る。


ーー不思議な力……いや、あれは“糸”だ。目に映らないほどの細い鉄線、それを器用に操ってモンスターを圧倒してるんだ。


糸そのもので十分じゅうぶんな切れ味だったが、予測不可能な動きをする投げ槍は強敵に対してそれ以上の効力を発揮していた。



「ねぇニアくん驚いた⁉︎ 驚いたよね⁉︎ アタシの秘密……教えてあげてもいいんだけどなぁ……口止めされてるからなぁ……どうしよっかなぁ」


「えっと、糸の魔導具……とか?」


「そこは分かっててもらしてよー! せっかちな男は嫌われるゾ?」



イタズラな笑みを浮かべるリップ、苦笑を浮かべることしか出来ない僕。


緊張感のない会話はともかく、やはりと言うべきか期待以上と言うべきか、彼女の突破力には目を見張るものがあった。


有象無象を不可視の糸で、動きの速い強敵を不可避の槍で。

それはもう“無双”という言葉を送るに相応しい殲滅力だ。


そして、時折ときおり飛来するケンタウロスの矢を防いだ回数が十を超えたあたり、もうすぐ獄雷閃の射程範囲に入ろうと言うところでーーーーまたしても心の中では危険を知らせる警告アナウンスが鳴り響く。



<<さらなる危機に備えよ>>



ーー今度は何だ? ケンタウロスの矢は今さらもうそこまでの脅威とは思えない。


全速力で丘を駆け上がりながら、僕は周りを注意深く観察する。


まだ“それ”は僕達の視界に入っていなかった。

だから“それ”をまだ可能性の一つとして深く考えもしなかったのだ。


もちろん知識としては知っていた。

ケンタウロスとともに語られてきた凶悪なあのモンスターのことを。



「ニアくん、ニアくん。来るよデカいのが」


「まさか……」



異様な地響き、本能的に僕達の身を震わせるような獣の咆哮ほうこう


まだかなりの距離があるはずだが、思わず耳を塞ぎたくなるほどの音圧だ。すくんでしまいそうな足にかつを入れて僕はその声のする方へ向かう。


数十体のケンタウロスと、その背後から姿を現した“牛の頭を持つ鬼”が待つ丘の上へ。



「ミノタウロス……!」



誰もが恐れる大型モンスターの群れ、それらはまるで僕達に絶望をもたらすかのごとく立ち塞がったのだった。

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