第50話 いざ針林ダンジョン最深部へ

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・冒険者ギルド支部==



遂に針林ダンジョン最深部への遠征大隊出発の日がやって来た。メリーとの関係が改善出来ないままこの日がやって来てしまった。



「メリー、あのさ……」


「メリーさんメリーさん! この遠征が終わったら次は“雲河ダンジョン”に行こうと思ってるんです! メリーさんもぜひ一緒にどうですか⁉︎」


「うん、みんなの予定が合えば」


「はい! 約束ですよ!」



アノンに見送られて公爵邸をあとにしたのは僕とメリーとバロン少年の三名。僕を除いた二人、特にバロンくんの話しが途切れることなく続き、僕は割って入ることも出来ず、ぎこちない距離感のまま冒険者ギルドへたどり着く。



「俺達のパーティ、バーグ師匠のおかげでめちゃくちゃ強くなったんですよ! ちゃんと見ててくださいね!」


「うん、楽しみ」



まるで僕だけ取り残されていくみたいだ。

先に冒険者ギルドへ入っていく二人の背中がなんだか遠く見える。


あの日メリーの態度が一変してしまってから、僕はどうすればいいのか糸口も掴めないまま。胸が痛い、苦しい、もう以前の関係に戻るのは諦めた方がいいのだろうか。


ーーでも……それでも僕はメリーのことを諦めるなんて出来ない。


拳を強く握りしめてなんとか僕も二人のあとに続く。

しかしながら、冒険者ギルド支部は今日も大盛況でメリーの姿はあっという間に見えなくなっていた。


彼らに必死で追いつこうともがけばもがくほど人混みに飲み込まれて前が見えなくなって、もみくちゃにされてどんどん目の前が真っ暗になっていくように感じて。



「ちょいちょいちょい! ニアくん大丈夫ー?」



そうして転びかけていた僕の手を取ってくれたのは青緑色の髪の少女リップだった。彼女の後ろにはセイさん達も勢揃いで、完全武装した彼らの姿からは心強さとともに何か良い知れぬ威圧感を覚える。


一つだけ言えるのは彼らの装備が明らかに“対人戦闘”も意識したものだということーーーーこれからダンジョン攻略に向かうとは思えない細かな暗器が身体中に仕込まれている。黒を基調としたその様相はまるで殺し屋集団だ。


しかし、そんな僕の警戒心よりもリップは恋心の方に興味津々なご様子で、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて問う。



「ねぇねぇ風の戦乙女ワルキューレちゃんと何かあった?」


「いや、えっと……何もないです…………何もないんです本当に」


「えー! 気になるー! まぁこれからじっくりと聞くとしますか! 旅は道連れ世は情け! 少年、後悔だけはしないように頑張りたまえ! アタシはキミ達のこと応援してるからさ!」



リップはそれだけ言うと高笑いしながら人混みに消えてゆく。

後ろに続くセイさんに肩をポンと叩かれ、僕も彼らと一緒に遠征大隊へ合流したのだった。

他のパーティは既に揃っていて、不敵な笑みを浮かべるバーグ、ずっと眉間に皺を寄せているフロウ、いつもと変わらないローさんやメリー達の姿が見える。



「それではこれより針林ダンジョン最深部への遠征を開始します!」



全員が揃ったのを確認したギルド職員リディアさんが出発の宣言をして錚々そうそうたる面々が動き出す。


外に出れば既に四つの“大型馬車”が用意されていて、四人の職員さん達がその御者ぎょしゃを務めるようだ。馬は一台につき三頭、二段造りになっていて一階に人を乗せ荷台代わりの屋根に大量の荷物が積まれている。四つのパーティがそれぞれの馬車に乗り込む。


ーー本当にこのままでいいのかな。


なんだか気まずくてローさん達から数歩距離をとって歩く僕、それでも声をかければいつでも届く距離にメリーはいる。今まさに馬車に手をかけ乗り込もうとしているところだ。


ーーこのまま乗り込んだら絶対もっと話しかけづらくなる!


僕は意を決して彼女に声をかけた。



「メリー! 今のうちに……少し話したい!」



馬車の手すりにつかまったままこちらを振り返るメリー。

しばらく目が合って、それでも彼女はそっけなく目をそらす。

するとーーーー



「あれあれー! いいのかなー風の戦乙女ワルキューレちゃーん! ニアくんいらないならアタシが貰っていっちゃうよーん?」



胸悪きょうあく、いや凶悪過ぎる柔らかな感触が僕の背中を刺激した。背後から僕に抱きついてきたのはもちろんリップだ。



「リップさん?」


「んもう、呼び捨てでいいよ! アタシとキミの仲じゃーん! うぇい!」


「うぇ……うぇーい」



突きつけられた彼女の拳に一応僕も拳を合わせる。

メリーの方を再び振り返ってみれば、あの日バーグと対峙していた時のような敵意むき出しの目をしていた。



「いいねー、そういう顔もできるんじゃん……! 怪槍ベオウルフさーん! ヴァリアン・ローさーん……で合ってたよね? こっち人少なくて寂しいのでダンジョン着くまでニアくん借りていきますねー!」


「ちょっ……何言って」


「まぁまぁここはアタシに任せて!」



リップは僕の口に人差し指で封をしてウィンクする。

馬車の扉から身を乗り出したローさんはメリーの表情を横目に見て、軽くため息をつくとこちらにOKサインを出した。



「んじゃ決まりー! ニアくん行こ行こー!」


「えー……まじですか」


「マジだよマジ! 大マジのマジ!」



そうして僕は彼女に手を引かれるまま彼らの馬車へと乗り込んだ。中で待つ三人は文字通りの三者三様。

気まずそうに手を振る金髪魔法使いのセイさん、僕の顔を見て食ったような笑みを浮かべる白髪はくはつのツァーリ少年、こちらを一度見ただけで無反応なラウガさん。


僕はばっちりリップの横へ座らされ、恋に焦がれる少女の眼差しを向けられる。



「それでそれで! 二人の間に何があったの? 喧嘩? 修羅場? 痴情のもつれ? 恋愛マスターのアタシ、リップ・ラトニーに全部話して気持ちよくなっちゃいなさいな! ほらー吸って吐いてー! 洗いざらい吐いてー!」


「いや、でも皆さんに話すような話じゃ……」


「ノンノン、他人にしか話せないことってあるよー。キミにも彼女に対する愚痴の一つや二つあるでしょー?」


「そんなの……ないです」


「えー! ひとつも?」


「はい……」


「キャー! それってお互い大好き過ぎてすれ違い的な⁉︎ あーはかどるー! とうとすぎるー! ご馳走様でーす!」



その場は終始リップのペースだった。彼女はアノンともメリーとも違うタイプの人たらしだ。けれど、それでいて悪意も邪推もない。話していて嫌な感じは全くしなかった。むしろ本当に全て話してしまいそうになるから恐ろしい。



「ズバリ! 今二人にとって必要なのは、お互いの存在が自分にとってどれだけ失いがたい相手なのか知ることなんすわー」


「お互い……って言ってもメリーはもう僕のこと……好きじゃないかもしれない…………です」


「ちょっとニアくーん、男の子は根拠のない自信持ってなんぼよ? ってか、まず敬語やめなーい? ボスから聞いてる話しじゃアタシら同い年だし! それにニアくんが“皇子様”だってことも存じ上げてますし! おすし!」


もうここまで来たら驚きもしないけれど、やっぱり彼女は僕の素性を知っている。そして“僕に会いに来た”みたいだけど、まだその理由が全く見えてこない。


ーーセイさんにはうやむやにされてしまったしなぁ。


そんな彼はといえば、またリップが失言したことで表情を曇らせて大きくため息をついた。



「あーもうやめてやめてリップ、それ以上こっちの事情話さないで。これでもし失敗したら僕の首飛んじゃうから」


「えー! 少しずつ小出しにしていった方が面白いじゃーん! ケチ! ガリガリ! 細目! 色白!」



そんなリップの妄言もうげんはその後も続いた。もはや冗談なのかそうでないのか分からない言葉と表情で彼女は話し続ける。

そうしている間に時は経ち、馬車の動きが止まったところでギルド職員の男性が僕らに告げた。



「針林ダンジョンに到着しました! ここからは伐採作業をしながら進んで行きます、作業中の警護および作業にご協力頂ける冒険者の方はよろしくお願い致します!」



さっきまであれだけ騒いでいたリップがその声を聞いて突然沈黙、それから目を閉じてずっと何かをぶつぶつとつぶやいている。何かの術式か教典か分からないけれど、おそらく彼女は伐採作業を手伝いたくないのだろう。


ーーまぁ、ここは僕の出番だ。獄雷閃なら簡単に道を作れる!


僕が満を辞して外へ出ると既に“五人”の先客が待ち構えていた。

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