第49話 聖女様と近衛騎士がゆく〜前編〜(皇帝サイド)

==ヴァルトール帝国・中央部・農村地帯(聖女リア視点)==



首都ヴァルハラを出て数日、聖女であるわたくしリア・ヴァルトールと若き近衛騎士ナルハ・アドレインは何故だか成り行きで今“農業”に勤しんでいるのでありました。



「ナルハさん! そこズレていますわ!」


「申し訳ありませんリア様!」


「ナルハさん! もっとスピードを上げないと午前中までに終わりませんわよ!」


「はい……頑張ります! リア様!」



ーーふぅ、今日もいい汗をかきました。これで春には美味しい野菜の出来上がり…………って違う違う違ーう! 私達わたくしたちはブリスブルクに住むニアお兄様の元へ向かっていたはず! どうして聖女であるわたくしがこんなことに!



そう、こうなったきっかけは昨日さくじつ立ち寄ったこの農村で悩み事を解決して回っていた時のこと。山際から差し込む夕陽が美しい時分でした。



「奇跡だ……聖女様万歳!」


「聖女様! 一緒に遊ぼう!」


「リア様……私めの頼みも聞いて頂くことは出来ますでしょうか?」


「俺も!」


「私もお願いします!」


「ええ、もちろんです。順番にお話しをお伺い致します」



怪我人を救い、親を失った子供達とたわむれた後、わたくしは畑を荒らすイノシシの駆除を頼まれましたーーーーそれこそが悪夢の始まり。


日が落ち、暗くなり始めた農村に現れたのはイノシシではなく“ハイオーク”。農村一つ壊滅させられる程の強力なモンスターだったのです。



「リア様、お任せください!」



害獣に臆することなくまっすぐ駆け出した騎士ナルハ、彼女の鮮やかな剣撃によって満身創痍となったハイオークにわたくしの光魔法が止めを刺す。



光撃こうげき!」



ひとたまりもなく吹き飛ぶ一体のモンスター。

そして我々の足で散々踏み荒らされた末に魔法で焼き尽くされたのは“村の最大の収入源である薬草の畑”でしたとさ。



「いやぁ……すまないねぇ聖女様、丸一日も畑を手伝ってもらっちゃって」


「これはこの国の聖女として当然の働きです。こちらこそ大切な畑をダメにしてしまって申し訳ありませんでした」



本当はこんなところ一刻も早く出発してブリスブルクに向かいたいですのに、聖女の顔が邪魔して目的を果たせないなんて。


ーーいっそもう聖女の顔は捨ててしまおうかしら。



「流石です! リア様……!」


「聖女様……なんと神々こうごうしい」


「いえ、わたくしの活躍はこの帝国を影から支えている皆様あってものです。今日一日お手伝いをさせて頂き、それを改めて実感致しました」



その言葉を聞いた周りの愚民達が恍惚こうこつとした表情を浮かべ、またわたくしへの尊敬と信仰を深める。


ーーああやっぱりたまりませんわ、わたくしはこの瞬間のために生きていると言ってもいい。


ですが、一番わたくしの心を震わせるのはやっぱりニアお兄様。あの恥辱と敗北感に満ちた目を向けるお兄様の間抜けな顔は思い出すだけでもよだれが出てしまいそう。


ーーそうです、こうなったのも元はと言えばお兄様のせいではありませんか! ぐっ……やはり一刻も早くブリスブルクに向かいお兄様の屈辱にまみれた表情を堪能しませんと。



無意識に黒い笑みが少しだけこぼれる。危うく聖女の仮面ががれ落ちてしまうところでした。

そんなわたくしに怯えるように大人の影で様子を見ていた一人の少女、それがこともあろうにトボトボとこちらへ近づいてくる。


ーーまずい、あの顔は物乞いの目ですわ。わたくしに引け目を感じながらも無理難題を無邪気に押し付けてくる乞食こじきの目。



「ナ……ナルハさん、お手伝いはこの辺りでいいでしょう。わたくし達はそろそろお役目を果たしにいかなければ」


「はい、そうですね! 農作業にも少し慣れてきて名残惜しくはありますが先を急ぐといたしましょう」


「聖女様……助けて」



ーーやばいやばいやばい、来た。来てしまった。


少女特有の泣き落とし、これには流石に反応せざるを得ない。



「ど……どうされました、可愛いお嬢さん?」


「お父さんがね、急にどっか行っちゃったの」


「こら! ユイリ……! これ以上聖女様のお手をわずらわせるわけには……」


「いえ、何か困り事があれば我々にお任せください! ですよね、リア様!」



せっかく少女を制止してくれていた村人の言葉にあってはならない反応を示す近衛騎士ナルハ、わたくしに対する絶対の信頼と憧憬しょうけいを込めた眼差しは評価に値するもの。


ーーですが…………このバカ騎士、やりやがった。やりやがりましたわ! もう絶対に断れない雰囲気ではありませんか!



「お話し、詳しく聞かせて頂けますか?」



わたくしは天使の微笑みをもって村人達に語りかける。


ーーあぁもうわたくしの馬鹿! あぁわたくしってなんでこう断れない女なんでしょう。あぁわたくし天邪鬼あまのじゃく! 猫かぶり! 美少女! 聖女の鏡! マジ天使!



「実は、最近村人が忽然こつぜんと姿を消す現象が各地で相次いでおりまして」


「姿を消す……いわゆる神隠しというものでしょうか?」


「ええ、この村からも既に四人消えてしまいました。ただ……」


「ただ?」


「その何人かは数日毎に一度突然村へ戻って来るのです。そして、また翌日になると姿が見えなくなる……という実に奇妙な現象でして」



聞けば聞くほど訳が分からない。この村で何かが起きているーーーーそれは間違いないのでしょうが、これは一朝一夕で片付くような問題ではないように思えます。早く出発したいのに。


ーーけれど、不思議と興味もそそられる。



「分かりました、ヴァルトール帝国に迫る危機はわたくしにとっての危機でもあります! その謎、このリア・ヴァルトールが解決してみせましょう!」


「リア様……なんと素晴らしい!」



ーーあぁ言っちゃった、わたくし言っちゃいました。もうこうなったらとことんやってやりますわ! せっかく育てたお野菜達のため、わたくしがこの村を救ってみせます!



こうしてわたくしリアと近衛騎士ナルハの旅は思わぬ方向へ進んでいくのでした。



真相はまたしばらく先の後編に続く。

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