第36話 竜滅の英雄 バーグ・アムレード

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街==



渾身の一撃を軽く受け止められたメリーはすぐさま鎧の男に“手数”で畳み掛ける。

低い体勢から切り上げ、八の字を描くようにもう一撃。足元への水平切りで跳躍させ、喉元や鎧の継ぎ目を狙った突きを幾度となく繰り出すがーーーー鎧の男は最低限の動きで全てをいなし小さくつぶやく。



「君のことは知っている。確かそう、風の戦乙女ワルキューレだ」



微笑みを崩さず、身の丈ほどの大剣を片手で軽々と振るう男。

長い銀髪からのぞく切れ長の目は全てを見透かすよう不気味にゆがむ。



「私は知らない、きもい」


「ふっ……ひどいなぁ。これでも顔と名は知られている方なんだが」



二人の剣戟けんげきはなおも続く。終始メリーが押しているように見えて、そのじつ謎の男はあからさまに力を隠している。その理由も一体何がしたいのかも不明なのがなお不気味だ。


僕はと言えばメリーの加勢を喜びつつも、混沌とした状況で誰に向かって何を話せばいいのか全く判断がつかない。

さっきまでの緊張感で思考停止してしまった脳みそをなんとかフル動員して状況を整理する。


ーーまずは何としても二人の戦いを止めるべきだ。けれど、僕が割って入れる次元の戦いじゃないし、どう声をかければいいのだろう。

 

現状あの男の素性も分からないのだから、僕が相手にとって無害であることの証明は難しい。


ーー手斧のガルボや少年達に証人となってもらえるだろうか?


そう思って後を振り返ったが、既に彼らの姿はない。


ーー新手の邪竜にさらわれた? いいや、単純に逃げ出したのだろう。


安全なところへ逃げ出せたのならそれに越したことは無い。

なにせ、まだ邪竜は残っているかもしれないのだから。


ーーそうだ、白銀の鎧に大剣。その風体からしてきっとこの街の冒険者には違いない。露店街で今何が起きているのか説明すれば!



「待ってメリー! 僕は大丈夫! まだアンピプテラが残っているかもしれない! そこのあんたも冒険者なんだろ⁉︎ この街の脅威はまだ去ってない! 協力を……」



鍔迫つばぜいをしたまま僕の声に振り返るメリー、鎧の男はこちらを一瞥いちべつしたかと思えば笑みを浮かべながら“容赦なく少女を蹴り倒す”。



「メリー……! な…………なんで?」



理解が追いつかない。

この男は冒険者じゃないのか、一体何がしたいんだ。


無防備なところをいきなり蹴り飛ばされたメリーの手から剣は離れ、彼女のか細い身体は露店街の屋台に投げ出された。


思えば彼女が倒れているところなんて今まで見たことがなかった。


ーー僕の……僕のせいだ。


予想外の展開、倒れるメリー、男の不気味な微笑み。

その全てが僕の心をぐちゃぐちゃにかき乱す。


そんな僕をあざ笑うように男は語り出した。



「ふっ……どうした? 少年、さっきの魔法は出さないのか? あれなら私を倒せるかもしれないぞ?」


「な……何を言ってるんだ、なんなんだよお前……!」


「早く杖を手に取りたまえ、私はお前達の敵だ」



笑みを崩さずこちらを挑発する鎧の男。

意図が分からない人間の行動はこれほどないまでに気味が悪い。


荒くなる呼吸、脳内は現状を整理しきれていない。


ーー考えろ、考えろ。今僕は何をするべきなのか。



「はぁ……これでも魔法は打てないか、残念だ。残念ながら君のせいで風の戦乙女ワルキューレはここで死ぬ」



その時、男が何を言ったのか脳が理解を拒否した。

鎧の男に対する、人間に対する最低限の配慮や常識が崩れ去った。


僕はほぼ無意識のうちに杖を構え、“対峙する敵”に向け渾身の一撃を放つ。



「獄雷閃……」



黒杖の先から浮かび上がる真紅の魔法陣。

人に向けて打つ雷撃は初めてじゃない、しかし黒フードの男に対して獄雷撃を放った時には無かった“明確な敵意”をぶつけるのはこれが初めてだ。



「ほう、先程よりも威力が増した。いいぞ……そう来なくては!」



魔法陣から解き放たれた緋色の雷撃は考慮も配慮もなく、ただ真っ直ぐに鎧の男を襲う。

対する男は何らかの魔法を発動する気配もなく、黄金の大剣を構えるのみ。


もはや回避する時間は無い、それ以前にその気が無い。

彼はこれまで以上に“爽やかな笑み”を浮かべ、獄雷閃を正面から受け止める。


その敵意と殺意に満ちた赤黒い閃光は、しくも男に届くことはなかった。

彼の構えた大剣だ、あの黄金の大剣が強大な魔法を全て“吸収”するかのように無効化している。



「素晴らしい……! これほど禍々まがまがしい魔法を向けられたのは久しぶりだ!」



効果時間を終え収束する雷撃、それを見送った両者の表情は対照的だ。

高らかに空を見上げ男は満足げに笑い、一方の僕は敗北と無力感に打ちひしがれる。


それでも剣を取り立ち向かおうとするが、構えたはずの剣が見当たらない。



「は……?」


「貴様の剣に興味は無い」



視界の端で宙を舞う剣が放物線を描いて地に落ちる。

速すぎて見えなかったのだ。僕が抜いた黒剣は光の速さで弾き飛ばされていたのだ。


ーーなんだよ……なんなんだよこれ。


完全に戦意を喪失した僕の元へゆっくり近づいて来る鎧の男。



「さて、余興もこの辺りで幕引きといこうか。正義の冒険者が正体不明の悪を打つ、物語とは常にそうでなくてはならない」



上機嫌に語る男の声はもはや僕には届かない。

傷ついたメリーの姿。そんな彼女を人質に取られたとはいえ初めて敵意を、殺意を人に向けてしまったこと。その上で完全に敗北したという事実。


ーー現状の何もかもが今までの僕の全てを否定する。


僕の眼前に刃を向ける鎧の男ーーーーそこへ凄まじい突風が吹きつけたかと思えば、今度は目の前全体が突然“赤色”で埋め尽くされる。



「そこまでよ! この悪趣味野郎! それからメリーちゃんも」



空から響いたのは妙齢みょうれいの女性の声。

そして、赤色の正体は燃え上がる炎。正しく言えば“炎を纏った無数の鎧兜よろいかぶと”だ。


西洋甲冑を模した紅蓮の騎士団がどこからともなく現れ、“鎧の男”と“荒ぶる少女”を物量で取り囲み制止している。



「バーグ……あんたってば本当に変わらないわね」



宙に浮く炎の戦車には先程の声の主であろう“ドレス姿の女性”が立っていた。

そんな彼女に対して鎧の男バーグはまるで高貴な騎士のように胸に手を当て会釈を一つ。



「これはこれは、煉獄の女帝レーヴァテイン殿ご機嫌麗しゅう」


「けっ! また有望な若い子達にちょっかいかけて、本当に悪趣味な男」


「はて……私は怪しい人物を尋問じんもんしていただけだ。そこまでさげすまれる言われは無いよ」


「怪しい人物? この少年が? あんたどこに目付いてんの? 背中? 足の裏? それともち○こ?」



彼女の来訪によって、ガラリとやわらいだ空気にも風の戦乙女ワルキューレの激風は収まらない。



「ほーらメリーちゃんも落ち着いて……って怪我してるじゃない! いま治してあげる、【光】ーー【粒子】ーー【保護】ーー【結着】ーー高貴な光の女神よ……かの者を癒したまえ、再起」


「クレンどいて、そいつ殺せない」


「んもう……この子もこの子で、本当に危なっかしいんだから。悪いことは言わないからあいつに関わるのはやめときなさい。ああいうのは無視よ無視」



傷が癒え、さらに勢いを増す烈風をクレンの抱擁ほうようが包み込む。彼女の胸の中でメリーが何かモゴモゴ言っているが、ささやかな抵抗も虚しく強風が次第に収まった。



「そこの君も大丈夫…………なわけないわよねー」



少しずつ状況を理解し始めた僕の意識が真っ先にメリーの無事を確認して安堵する。一気に緊張の糸が切れ、膝が笑い転げて地に手をつく。


ーーちょっかい? 悪趣味? あれがちょっとしたたわむれだったとでも言うのか?



「あいつは……? あなたは……?」


「あの性悪男はバーグ・アムレード、通称竜滅の英雄バルムンク。Aランク冒険者よ。あたくしは……謎の美人なお姉さん」


「この人はクレン、優しいおば……」


「お姉さん!」


「優しいお姉さん、Aランク」



クレンの腕の中からひょこっと顔を出したメリーが答えた。


ーーAランク冒険者……! どおりで強い、力の差は歴然だ。いずれは僕も彼らの領域まで辿り着けるのだろうか。


その高みへ続く階段は果てしない。

それでも一段ずつ進まなければいけない。


僕は強くならなきゃいけない。

メリーや大切な人達を守るために。

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