第37話 一難去って第二のヒロイン

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街==



熱と魔力の痕跡こんせきだけを残し、炎の騎士達がその役目を終え消滅。

竜滅の英雄バルムンク風の戦乙女ワルキューレ両名の拘束が解かれる。


変わらず余裕の笑みを浮かべるバーグ・アムレードに対して、なおも瞳の奥で敵意を燃やすメリー。

煉獄の女帝レーヴァテイン、クレン・ブローニャがそんな彼女を抱き留める形で物理的に拘束していた。



「まず安心して頂戴、あの召喚獣は私が全部片付けてきたわ」



クレンが何ともあっさりと言い放つ。

図らずもこれで当面の心配は消えた。


あとは混沌とした“この場”をどう収めるかだが、それも案外あっけなく幕が降りる。



「んで、バーグ。あんたはいつまでここにいるわけ?」


「ふむ……いささか興が乗り過ぎた。私はこれで……」


「しっしっ! とっとと失せなさい!」


「楽しかったよ少年、次に会う時が楽しみだ……」



あれだけの暴挙を振るったとは思えないほど穏やかに、爽やかな微笑みを浮かべてバーグは去っていく。


ーーメリーを足蹴にしたこと絶対に許せない。けれど、今の僕じゃ手も足も出なかった。


密かに“いつか見返す相手リスト”へバーグの名を刻む。

僕と同様にメリーも未だ悔しそうに奥歯を噛むが、彼女の視界はクレンの豊満なバストによって遮られるのであった。


その後ろ姿が地平に消えゆく。

ゴロツキとの鬼ごっこから始まり、黒フードの男、邪竜アンピプテラと怒涛の連戦にもようやく終止符が打たれた。



「クレンさん、本当にありがとうございます……助かりました。僕はニア・グレイスと言います」


「ニアくんね。いいのよ、いつかちゃーんと借りは返して貰うから」



クレンの妖艶な笑み、Aランク冒険者である彼女の重たい言葉に僕はゴクリと生唾を飲む。


ーー果たしてどんな要求をされるのだろうか。


上級の召喚魔法を軽々と行使し、露出度の高い漆黒のドレスを身に纏うその姿はまさしく“魔女”と呼ばれるに相応ふさわしい。助けてもらった立場ながら末恐ろしい。


ーー今は想像するのをやめておこう。



「ニア無事で良かった」



そんな彼女の腕の中から子犬のように顔を出すメリーを見て思わず笑みがこぼれた。


ようやく少しずつ心と身体が重なってゆく。

全身に血の気が巡っていくのを感じる。

僕が僕を取り戻していく。


それとともに先程までの絶望感や喪失感が何度も想起されて悔しくなる。


ーーもっと強くなろう、メリーを守れるように。あの男、バーグ・アムレードにも勝てるくらいに。



「うん、メリーも……本当に無事で良かった」


「コホン……ニア君は怪我してないかしら?」


「だ……大丈夫です! メリーとクレンさんは前からの知り合いなの?」


「ううん、さっき知り合った」


「まじか……!」


「まじ」



ーーメリーって人付き合いが下手なんだか上手いんだか分からなくなってくるなぁ……。


落ち着きを取り戻した心で周りを見れば、閑散としていた街並みにも人が戻り始めていた。

散乱した荷物を運ぶ人、倒れた屋台を建て直す人、早くも商売を再開する人。人の数だけ三者三様だったが共通してそのたくましさが伝わってくる。


そんな中、ひときわ騒がしい男がこちらへ駆け寄って来た。



「ニアの旦那ーっ! あぁ良かった、あの姉さんは間に合ったみたいだな!」



逃げ出したと思われていたゴロツキのリーダー、ガルボ・クランツだ。口ぶりから察するに“助けを呼んでくれた”のは彼なのだろう。



「ニア……いいやアニキと呼ばせてくれ! 


「あ……にき?」


「ああ! あんたは俺らの命を二度も救ってくれた! もうあんたに足を向けて寝れねぇ! 俺はあんたに一生着いていくと決めた!」


「僕はそんな……大それた人間じゃ……」


「いいや、アニキは大した男だぜ! とんでもねぇ魔法に腕っぷしもある、そしてこれからさらにビッグな男になると俺の勘が言っている!」


「いいや僕は……僕は…………あれ?」



その時、僕の目からは何故だか涙が溢れていた。

安堵からか、悔しさからか、たった一人でも“僕のこれまで”を肯定してくれる存在がいたからなのか。



「泣くほど喜んでもらえるなんて感激だぜ……! そうだ! さっき言いかけたことだけどよ! 黒フードと女は“真聖女教団”って組織のやつららしいんだ!」


「真聖女教団……」



その名を聞いてクレンも眉をひそめる。



「あぁ、アニキと風の戦乙女ワルキューレのアネゴに危害を加えようとしたやつらだ! 野放しにはしておけねぇ! 情報収集はこのガルボに任せてくだせぇ!」



それだけ言い終えるとガルボは後ろで控えていた仲間達とともに去っていく。祭りのあとのような言い知れぬ寂寥感せきりょうかんだけを残して。



「ニア帰ろう」



ようやくクレンから解放されたメリーが言う。

軽く首を傾げながらこちらを見る彼女の目は反則だ。


やっと僕もメリーもやっといつもの調子に戻った。


ーーガルボのやつにも感謝しないとな、今度会ったら何か美味いものでも奢ってやろう。



「ああ、デートの続きはまた今度だね」


「うん……絶対」


「えっと、あんたらってそう言う関係? もういくところまでいっちゃってるの? まぁそうよね、そうなるわよねー。若い男女が一緒に冒険したら色んな意味でどこまでもいっちゃうわよねー! はぁ……なんか助けて損した気分、あたくしもう帰る! めても無駄よ!」


「あ……ありがとうございました……」


「クレン、ばいばい」


「ちょっとくらいめなさいよ! 少しくらい寂しそうにしてくれたっていいじゃない……!」



僕達の会話を聞いていたクレンが急に早口で話し始めたかと思えば急にいじけて、まるで少女のようにねていた。


ーー感情がコロコロ変わる面白い人だなぁ。


そこからさらに何か思い立ったように、真剣な表情で一言。



「あーそうそう……真聖女教団、あれにはあまり関わらない方が身のためよ。あたくしもよく知らないけれど、人目のある場所で名前を口に出すのも控えた方がいいわ……あのゴロツキにも伝えておきなさいな」


「はい……ありがとうございます」



ーー真聖女教団、名前からしてかなり不吉だ。母フリージア・グレイスや妹達と何か関係があるのだろうか。いずれにせよ警戒しておくに越したことはないな。



「皆様、少しお話しよろしいでしょうか?」



だんだんと会話の熱量が上がってきていたところへ、突如として新たな風が吹き込む。


ーー声の主は女性。


栗色の長い髪に花をあしらったヘッドドレス、ひときわ豪華な黄色い衣装に身を包み、付き人を何人も連れている。



煉獄の女帝レーヴァテイン様、風の戦乙女ワルキューレ様。此度こたびの活躍、父に代わり深く御礼申し上げます」


スカートの裾を軽く持ち上げ、気品に満ちた立ち振る舞いでこちらに一礼。僕はその顔を見て少しだけ既視感を覚える。


ーーあれ、この人どこかで。うーん……誰だったっけ?



「ブリスブルク領主ガロン・ブレイザー公爵家が四女アノン・ブレイザーと申します」


「公女様、ごきげんよう。本日も目見麗しくお召し物もよくお似合いでございますね、おほほほ」



突然の来訪にクレンが辿々たどたどしい様子で取り繕う。

一方、本物の優雅さで返すブリスブルクの第四公女。


その花のように美しい顔、その瞳が僕を映せば瞬きを一度二度。

次に思い切り目を見開き、興奮した様子でこちらに歩み寄る。



「あらあらあら? ニア様ではありませんか!」



彼女のその一言に僕は脊髄反射せきずいはんしゃで目をそらす。

気まずさと罪悪感でろくに回らない頭をフル動員して、なんとか精一杯の言い逃れをひねり出そうとするがもちろん上手くいくはずもない。



「えーっと……人違いですよ…………多分、きっと、願わくば……」



ーーそう、僕はこの人を知っている……と言うより“この声”を何度も聞いている。


第四公女アノン・ブレイザーという人物をよく知っている。

知っている上でこれまで避け続けてきた。



「ニア、公女様と知り合い?」


「メリーさん……!」


「ほらっ、やっぱりニア様ではありませんか!」



ーー避けてきた理由は決して彼女の人柄がそうさせるわけではない、むしろ逆だ。アノン・ブレイザーという女性は才色兼備で清廉潔白、それでいて誰にでも分け隔て無く接する人格者でもある。



「いや、同じニアでもニア違いじゃないでしょうか? よくある名前ですし……」



それでも苦しい言い訳を続けたのは彼女が一番の“被害者”だからだ。これ以上僕のせいで彼女の人生を振り回したくないから、その責任を受け止められるほど僕が強くないからだ。



「いえ、わたくしが貴方様を見間違うはずありません……! また一段と凛々しいお姿になられましたね!」


「えっと……」


「ずっとお屋敷で静養なさっていると聞き及んでおりましたが、まさかこんな頼もしい冒険者になられていらっしゃるとは」



ーーはぁ、もう観念するしかなさそうだ。



「ア……アノン公女殿下、お久しぶりです」


「ええ! ずっと……ずっとお会いしとうございました!」


「ちょ……ちょっと待って、公女殿下様がただのニア君に最大限の敬語を使ってる気がするんだけど」


「ニアと公女様、どういう関係?」


「はい! わたくしは第一皇子ニア・ヴァルトール様の“婚約者”でございます」



全てが露見し頭を抱える僕。それをよそに第四公女アノン・ブレイザーは夏に咲く一輪の花のよう、とびっきりの笑顔を浮かべるのであった。

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