第31話 黒いフードの男

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・裏路地==



初の対人戦闘を白星で飾った余韻に浸っている暇はない。

呼吸を整えたら、あと残るは二人だ。



「ガ……ガルボさんがやられちまった!」


「落ち着け、ありゃマグレだ。ほとんどブラフと小賢しい手で立ち回っているだけ、どうやら対人戦で使える魔法にとぼしいと見える」


「そ……そうか、魔法も剣もアレが精一杯ってわけか」



悔しいが完全に図星をつかれている。

棍棒を持った男、脳筋っぽい見た目の割に随分と頭がキレるようだ。


それならーー



「炎撃」



僕は再度、上空へ火球を放つ。

レンガ造りの家屋を優に越える高さまで。



「もうそんな脅しは通用しねェ!」


「油断せず、二体一なら負ける訳がねぇよなァ?」



ジリジリと詰め寄って来るナイフ男と棍棒の男。

いよいよ万事休すかと思わされたところで、あの声ーーではなく聞き慣れた少女の声が上空から響き渡る。



「二体一じゃない」



いつも眠たげで、それでいて頼もしくて、心強くて、時に毒舌で、時に凛としていて、いつだって可憐な声。

それとともに、暗く鬱蒼うっそうとした裏路地に一陣の風が吹き抜けた。



「メリー!」


「ごめん、遅くなった」



僕の鞄と気絶した二人の少年を抱えて颯爽と登場したBランク冒険者、風の戦乙女ワルキューレことメリー・ロゼット。


ーー頼れる僕の……師匠。



「ちっ……風の戦乙女ワルキューレだ! ズラかるぞ!」


「くそ! 覚えてやがれ!」



メリーの登場で完全に戦意を喪失した男達はそそくさと退散。

どうやら拍子抜けしてしまうほどあっさりとこの場を乗り切ることが出来たようだ。


ーーメリー様々、今後もあまり不用意に気を損ねないように肝に銘じなくては。色んな意味で。



「た……助かったよ、メリー」


「うん、炎の魔法が見えたから」



なんとも情け無いが狙い通り、上空へ放った炎撃は彼女に向けたSOSである。

それにしてもお早い到着、おかげで何とも助かった。


ーー空を飛べるって本当に便利だよなぁ。


飛行魔法となれば最上級魔法だから、僕には当分無理だろう。

今度機会があれば遊覧飛行の同行をお願いしてみよう。



「ニア、怪我はない?」


「大丈夫だよ、メリーは……全然問題なさそうだね」


「うん」



抱えた少年達を手斧の男ガルボの傍らに寝かせ、彼女はふところから少額のアストル紙幣を彼らに握らせた。



「手ぶらで帰すとこの子達、ひどいことされるかもしれないから」



ーーなるほど、ここに来て子供達の心配か。孤児院出身のメリーらしい気遣いだ。僕には想像もつかなかった。


突然の危機的状況をなんとか乗り越え、僕らも裏路地を後にしようとした。


ーーその時、路地の闇に紛れていた黒い影が突然牙をむく。



<<時は来た>>



頭に響く声、突然これが聞こえた時は総じて悪いことが起こる前兆だと相場が決まっている。

僕が“それ”に気づいた時には既に、黒いナイフが喉元まで迫っていた。



「ニア!」



いち早く反応し、身をかがめた僕の黒髪が少し裂かれて宙を舞う。


不意打ちを外した敵。それは想定外だったはずだがいち早く切り替え、無防備にしゃがむ僕を渾身の力で蹴りつける。



「ぐはっ……!」



脇腹を思いっきり一蹴され、僕は軽々と吹き飛んでレンガの壁に打ち付けられた。

メリーも剣を抜き暴風とともに素早く斬りつけるが、敵はその剣撃にも難なく対応。


二人は目にも留まらぬ速さでぶつかり合う。


その間に僕は喉を逆流してくる血を吐き出し、痛みを堪えなんとか呼吸を整える。


ーー速い、目で追うのがやっとだ。


両者譲らない神速の剣戟、実力は五分と五分。

だが、不規則な動きをする敵に対してメリーは少しずつ翻弄ほんろうされ押されているように見える。


裏路地の限られたスペースが相手側にのみ有利に働いているのだ。

そして、しばらく至近距離の切り合いが続いた後、メリーが宙を舞い敵から距離を取った。


ようやく全貌が明らかになった敵は黒いフードと全身黒ずくめの姿。



「やはり君達は危険だ」



呟かれた小さな声は低い男の声だ。

身長はそれほど高くない、細身でガタイが良いわけでもない。


なのにどうしてこれほど大きく見える。どうしてこんなに恐ろしく映るのだろう。

先刻のゴロツキとは比べものにならない敵意。


ーーいいや、これは敵意じゃない明確な“殺意”だ。


フードを深く被った男、その風体は殺し屋そのもの。

単なる物盗りの仲間にはとても見えない。



「あの方の邪魔をする者は今のうちに消えてもらう」


「ニア! 歯食いしばって!」


「えっ……⁉︎」



その言葉の意図は分からないが、メリーがこちらへ猛突進してくるのに合わせ僕は思いきり歯を食いしばる。



「風、お願い」



次の瞬間、メリーが僕に抱きついたかと思えば、もの凄い浮遊感とともに身体は宙に浮いていた。


ーーそ……空を飛んでる!


今度お願いしようと思っていたことが、こんなにすぐ実現するとは思わなかった。それから実際に空を飛んだ感覚も想定外。


ーー怖い……! ただただ怖い! そして痛い!


吹き荒れる旋風、遠ざかる景色、肌を突き刺すような空気抵抗。

それ突き破るような上昇気流に乗り、僕らは一気に上空へと押し出された。



「うぁあああああああ!」



僕は思わず情け無い声を上げ、メリーから離れないように必死でしがみつく。

容赦なくのしかかる重力と吹き荒ぶ風の勢いで息をすることすらままならない。


瞬く間に周囲の家屋を見下ろす高さまで空へ投げ出されたところでメリーが告げる。



「二人でこれ以上は無理……落ちる」


「へぇっ……?」



気持ちの悪い浮遊感から解放された途端、次は急降下により身体中に悪寒が走る。風圧で顔がどうにかなりそうだ。


ーーし……死ぬぅううううう!


そんな中でもメリーは冷静に比較的高くスペースがある建物の屋上を見据えて降下、着地の寸前で逆風のクッションを作り出す。


綺麗に着地したメリー、膝から崩れ落ちて身を投げ出す僕。

メリーには情けないところを見せてばっかりだ。



「ごめん、ニア……大丈夫?」


「だ……だだだ……大丈夫」



ーー決めた、空の遊覧飛行はしばらく運航見合わせだ。


メリーの風神の寵愛ちょうあいの力、そして胆力たんりょく

改めて彼女の実力に感心しつつ、僕は心を落ち着かせることに全力を尽くす。


ーー黒いフードの男も流石にここまでは追って来られないだろう。


思わぬところで体力をかなり持っていかれた。

そして、蹴られたところは骨や内臓にまでダメージがいっていると思われる。


ーー落ち着いたらすぐにでも“再起”の魔法で回復したい。


そう思いながらも周囲を警戒してみれば、階下から激しい金属音が聴こえてくる。


ーーまさか⁉︎


やはり悪い予感は当たるもので、黒フードの男は両手に持ったナイフを器用に使い建物の壁を素早く駆け昇って来ていた。



「しつこい」



メリーは風を操作し、男に暴風を浴びせかけたようだがそれでもなお勢いを削ぐことは出来なかったらしい。


ついにその黒フードが僕の視界にもはっきり姿を現す。


ーー凄い技、そして恐ろしいほどの執念。


僕はごくりと唾を飲んだ。

一方のメリーはタガが外れたように一瞬で敵の喉元へ突きを放つ。


その容赦ない一撃を難なく受け流し、黒フードもすかさず反撃。

避けるメリー、男は続けざまにたたみかけるも風に軌道をズラされ不発に終わる。


再び攻守逆転し、メリーの細剣が首をりにかかった。

まず避けられる速さではなく両手のナイフで確実に防ぐ男。


そして、ガラ空きになった胴体をつらぬかんばかりの勢いで少女の蹴りが炸裂する。


ーーが、それに合わせて後退した敵に大したダメージは無い。



「ふふっ……殺しに少しの容赦もない。これだから今時の子供は」


「悪い奴は殺して良い、おばばの教え」



一瞬の沈黙を挟んで再び激突する両者。

僕も、奮戦するメリーをただ眺めているわけにはいかない。


ーーまずは回復だ。



「再起」



彼女のお陰で十分な時間と余裕がある。

呼吸を整え、心を落ち着かせ、僕は自身の肉体を万全の状態へ戻すことに専念した。


全身の痛みが引き、さらに呼吸が安定する。

高まる集中力、研ぎ澄まされていく精神。


ーーさぁ、反撃開始だ!

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