第30話 初の対人戦闘

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街==



群衆をかき分けるように逃走する三人の少年達。

その内の一人が何かを大事そうに抱えて裏路地に入って行くのが見えた。


ーー真っ直ぐ逃げていった二人はメリーに任せよう。


僕は鼻血を手で拭い、脇道に入った少年の後を追う。


露店街は相変わらずの賑わい。

きっと盗みや喧嘩など日常茶飯事といったところだろう。


その群衆に何度も押し潰されながら僕がようやく裏路地に辿り着けば、少年の小さな後ろ姿がかろうじて目に映る。



「全力で走れば……まだ追いつく!」



左右を取り囲むのはレンガ造りの建物、足下は石のタイル、そこにこけつたが生え放題の暗く湿った裏路地。


思いきり剣を振るうには狭く、足場も視界も悪い。

ところどころ水溜まりになっている地面に足を取られつつ、僕は現状出せる最高速度で先を急ぐ。


逃走する少年も入り組んだ裏路地を器用に使いこなすが、その背中は瞬く間に近づいていた。


ーーあと少し……あの突き当たりを曲がったところで飛び掛かれば手が届きそうだ。


僕は少年の後ろ姿を一点に見据えて走る。

行き先は二股に分かれた狭い路地、少年は足を取られつつ左へと曲がって行った。


ーーするとその先は袋小路の行き止まり。


もはや飛び掛かる必要もなく、僕はゆっくりと小さな少年を追い詰める。



「衛兵に突き出したりしないから、君がかばんを持っているなら返してくれ!」



逃げ場をなくした少年がこちらへ振り返る。


ーーその顔は笑っていた。


よく見れば、抱えている鞄は僕のものではない。

そして、その目は僕ではなく幾らか後方の“何か”を捉えていた。



<<時は来た>>



突然の耳鳴りとあの声。

そして直感が告げている。


ーー後ろか!


悪い予感は的中し、背後から突然の襲撃。

とっさに前へ身を投げ出した僕の背を木の棍棒がかすめる。


ーーどうやら追い詰められたのはこちらの方だったようだ。


少年の仲間だろう、数人の若い男達が僕の退路を断つ。



「おいおい、避けられちまったよ」


「こんなガキでも流石は冒険者様ってわけだ」


「んでも、風の戦乙女ワルキューレさえいなけれりゃこっちのもんだぜ」



後方の男は三人。

手にはそれぞれ棍棒、ナイフ、手斧を持っている。


前にいる少年を合わせれば四体一、数の上では圧倒的不利だ。



「金目のものは全部置いていきな! そうすりゃ命までは取らねぇよ!」


「ひゅー、ガルボ様ってばやっさしー!」



三人とも僕と大して歳は変わらないくらいの青年。

状況から察するに、ゴロツキの盗賊といったところか。


僕は意図的にメリーから引き離されたというわけだ。

大金を手にした僕に、冒険者ギルドからずっと目をつけていたんだろう。


ーーこの状況……どうするべきか。


初めて他人から向けられた明確な敵意。

正直に言って、手足の震えが止まらない。


ハイコボルトと対峙した時とはまた違う、人間特有の陰険で強欲で狡猾で恐ろしい部分。

それは今まで周囲から向けられてきた冷たい目線なんて比にならない。


ーー大人しく降参して全て差し出すべきだろうか。


ダメだ、何よりメリーからもらった指輪がある。

一緒に選んだ魔剣、装備、サービスで貰ったマントだって、僕があのダンジョンで死線をくぐって戦ったからこそ、ようやく手に出来たものじゃないか。


ーー何一つ奪われてたまるものか!



「おいおい、聞こえてんのか……ガキぃ!」


「とりあえず一発くらいぶん殴っても文句はねぇよなァ!」



沈黙に耐えかねた男が短い棍棒を振り下ろした。

それを正面から受ける義理もない、僕はさらに後退して体勢を立て直す。


そしてーー



「炎撃!」



魔導書に触れ、詠唱を省略した炎撃を“真上”に放つ。


その火球は手加減もままならず、裏路地の幅目いっぱいに広がって直上へ飛んでいった。



「つ……次は、これをそっちに向かって撃つ」



多少の動揺を見せる男達、腰を抜かす小さな少年。


ーーこれは当然ただの脅し、それにも満たないこけ脅しだ。


出来れば殺しはしたくない。獄雷撃はもちろん、炎撃だって直撃させれば無事ではすまないだろう。


思えば、今の僕には対人戦闘を見越した魔法が一つも無い。

基礎の土壁つちかべ、相手を絡めとる草撃そうげき、物理的な飛び道具である氷撃ひょうげき岩撃がんげきのような魔法を習得しておくべきだった。


ーーただ、後悔してももう遅い。


今は、弱い僕は今出来る最善策を取る他ない。

僕は僕が弱い人間だということを誰より分かってるのだから。



「ふっ……ふはははは! ビビらせやがって、人殺す度胸も無いガキがァ!」


「お……おい、でも今のとんでもない威力だったぜ」


「それに魔法ってのは長ったらしい詠唱が必要なんじゃねぇのか?」



こけ脅しでも、ある程度は効果があったようだ。

余裕を見せていた三人も身構えてこちらを鋭く睨む。


続けてーー



創水そうすい



僕は基礎中の基礎、アカデミー魔術科初等部で習う“創水”の魔法を発動。

手の上で創り上げた水をそれらしく漂わせて言った。



「怪我をしたくなかったら、大人しく引き下がってくれ……!」


「おいおい、手足震わせながら何言ってやがる」


「ああ……怖いさ、怖くて手元が狂っても後から文句は言わないでくれよ!」



後ずさりする棍棒の男。

我ながら名演技だ、創水は文字通り“水を創り出すだけ”の魔法である。

相手が魔法知識の無いゴロツキで助かった。


ーーこれで少しは時間稼ぎが出来る。



「ガルボさん、こいつ本当にそこそこの実力者なんじゃ」


「どうやらただの腰巾着ってわけでもねェようだな、お前ら下がってろ」



手斧を持った金髪の男が前の二人を押しのけて近づいて来る。

どうやら脅しはこれ以上きかないらしい。


僕は水をその男の頭上に振りかけて、すかさず次の一手を指す。



「炎撃」



もちろん直接的な攻撃は避けつつ、彼らの頭ひとつ分上を狙って炎撃を放った。

その火球は宙に舞う水を一瞬で熱湯に変え、超高温のシャワーを浴びせかける。


ーー少し火傷するくらいは許してくれよ……!


ガルボと呼ばれた手斧の男は熱湯を思いきり顔面に浴びて、のたうち回る。



「くそっ! くそが……やりやがったな! もう許さねェ!」



ガルボは熱湯で赤くなった顔をさらに真っ赤にしてこちらへ突進。

僕もやむを得ず魔剣を鞘から引き抜き応戦した。



「オラァ! 死ねェ……死ねやァ!」



狭い裏路地を活かした手斧によるガルボの猛攻。

もの凄い迫力だが、剣を大振りすることなく受け止めることに専念しさえすれば何とかなる。


ーーそれに、この魔剣……やっぱり軽い!


ぶっつけ本番になってしまったが、今まで使っていた剣より数段扱いやすい。

そして、ハイコボルトやキマイラとの戦闘、メリーとの訓練を超えた僕はまた一つ確かに強くなっていた。



<<時は来た>>



これまでの経験と直感が告げている。


怒りに身を任せた相手の行動パターンは単純。

右から振り下ろし、左から振り上げての繰り返しだ。


そして、振り上げた後さらに力を込めるために左足を強く踏み込む。


そこで距離を取りつつーー



「創水!」



僕は敵の足元に“水溜まり”を創り出した。


格段に成長し今までより強くなったとはいえ、僕のまだまだ“お利口さんの剣”では確実な勝利には程遠い。


ーーだからこそ、弱い僕は勝ち残るための最善策を取る。


強く踏み込んだガルボの足は苔張こけばった石タイルの地面を上手くとらえることが出来ず、派手に滑って空を仰ぐ。


その手は受け身を取ることに必死で手斧を放した。

そして、仰向けで倒れ後頭部を強打する男。



「うりゃ!」



そこへまっすぐに剣の腹を振り下ろし強打をお見舞いする。

一発で既に気絶していたことに気付かず、僕は追い打ちを数発。



「うりゃ! うりゃ! うりゃああああ!」



ーーせ……宣言通り、恐怖で手元が狂っただけ。


彼が白目を向き、泡を吹くまで叩きつけたことはご愛嬌だ。



「う……うわぁああああああ!」



後ろで腰を抜かしていた少年が大声を上げながら、僕と倒れたガルボのわきを通り抜けて逃走する。

僕はその声でようやく我に帰り、呼吸を整えた。


ーーな……なんとか勝てた。


初の対人戦闘は辛くも、搦手からめてで何とか勝利をもぎ取った。

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