第29話 防具屋の着せ替え皇子

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街==



魔剣を買った後、僕とメリーはレッグさんにおすすめされた防具屋にやって来た。



「ど……どうかな?」



店に入るやいなや、メリーに押し付けられた防具を持って試着室へ。さながら僕は彼女の着せ替え人形となっていた。


そして何度も一緒に試着室へ入ろうとするメリーを止めつつ、ひたすら着て脱いでを繰り返すこと数十分。


ようやく満場一致で満足のいくコーディネートが完成した。



「良い。何でも似合うけど、やっぱり軽装の方がニアらしい」


「そ……そっか、ありがとう」



しめて八万五千アストル。

Bランク冒険者様のお眼鏡にかなったようで何よりだ。


硬いレザー生地の小手やブーツ、肩と胸当てに鉄をあしらった軽装。確かに動きやすいけど、魔法耐性は無いに等しい。



「魔法耐性はアクセサリーの魔道具でカバーする」


「なるほど、そういう手もあるのか!」


「せっかくだから私がプレゼントする」


「だ……大丈夫だよ! お金もまだ余裕があるし、何から何までお世話になりっぱなしだから、逆に僕からメリーにプレゼントしたいくらい」


「じゃあお互いにプレゼント探そ」


「それならまぁ……いいか」



成り行きでメリーへのプレゼントを探すことになった。

しかしながら、当然女性への贈り物なんて今まで考えたことがない。


ーーそう思った途端に緊張してきた。


アクセサリー類の魔道具といえば指輪、腕輪、ネックレス、ピアス、イヤリング、アンクレットなどが代表的だ。


ーーやっぱり戦闘の邪魔にならないものがいいだろうな。指輪か腕輪が無難か、魔法耐性系の指輪を探そう。


まず全属性の魔法耐性の指輪が目に入る。

見た目も美しく、その効果も折り紙付き。


しかし、同時にその値段も否応なく突き付けられた。


ーー三百万アストル!


駄目だ、全く手が届かない。

どうやら魔道具としての価値だけでなく、単純に宝石や素材の値段も関係しているらしいな。


まずは予算から考えよう。


残りのお金は約九十万アストル、幸い当面の生活費はメリーのおかげで考える必要がない。その内ちゃんと返さなきゃだけど。


かといって全部使うのも流石に有り得ないし、半分くらいは残しておくとしてーー最高でも五十万アストルを予算としよう。


その中で買えるのは炎撃耐性、雷撃耐性、風撃耐性、氷撃耐性の指輪か。


今後も一緒に戦っていくならやっぱり雷撃耐性の指輪をつけておいてもらった方が良いかもしれないな。


そんな思いから雷撃耐性の指輪を手にしようとした時、メリーは隣の風撃耐性の指輪を選んでいた。



「あはは……きっと同じようなこと考えてるね」


「うん、これからもずっと一緒」



お互いに指輪をプレゼントし合あう。

あまり深く考えていなかったけど、もう完全に恋人達のする事じゃないか。


そう気づいた時、頭まで沸騰ふっとうしそうなほど全身の体温が上がっていった。


幸いにもメリーはというと、左手の薬指につけた雷撃耐性の指輪に夢中でこちらに気づいていないようだ。


飾りっ気の無いゴールドの指輪。


それでも彼女は、まるで小さな少女のように夢中に、嬉しそうに顔をほころばせて見つめていた。



「お熱いお二人さん! いっぱい買ってくれたからこれサービスね!」



店主のおばさんが揶揄からかい半分で渡して来たのは黒いマントだった。

サービスにしては魔法耐性の乗った立派なもの。


これを一つ羽織るだけで、剣も隠せる。

黒い杖に黒いマント、どこからどう見ても魔法使いのそれにしか見えない。


これにはメリーさんもにっこり。

店主のおばさんグッジョブである。



「ありがとうございます!」


「いいのよ、また元気な顔を見せておくれ。また良い商品仕入れておくからね!」


「あ……あの、もし自分の魔法を弱くしたり、効果範囲を加減したり出来るような効果の魔道具があったら、ぜひお願いします!」



今日、ずっと僕は密かに考えていた。

獄雷撃の広過ぎる効果範囲を調整出来はしないだろうかということを。


武器屋では杖を、防具屋ではアクセサリーを片っ端から見ていたけど、該当するような魔道具は全く置いてなかったのだ。



「難しい注文をするわね坊や。けど、自分の魔法を弱くするような品物はそもそも需要が無いからあまり出回らないのよ。そうね……あるとすれば大河を渡った北東カインズ共和国の商都エリザかダンジョンで見つけるしかないわ」


「北東、カインズ共和国の商都エリザ……」



商都というくらいだから、このブリスブルクの露店街より凄い賑わいなんだろうなぁ。

引きこもりで国外に出たこともない僕には想像もつかない。


いずれ行ってみたい場所リストに入れておこう。


それから僕達は防具屋を出てメリーの家へ戻る帰路についた。



「メリーは外国に行ったことある?」


「ない。それどころかブリスブルク以外だと針林しんりんダンジョン、雲河うんがダンジョン、雪幻せつげんダンジョンだけ」


「さ……流石、Bランク冒険者だね」



針林ダンジョンは南、雲河ダンジョンは東の大河源流に位置し、雪幻ダンジョンは西の雪山全域を指す。


ちなみに北端、魔王領との間の海は魔海まかいダンジョンとも呼ばれているがもちろん今現在出入りは無い。

すなわちヴァルトール帝国内から向かうとすれば上記の三つのみだ。


ダンジョンは様々な面から見た“資源”であり、その近隣の村落は観光都市化している。ブリスブルクもその一つと言っていいだろう。


ーーけど、メリーが冒険者をしている理由はあくまで生活のためなんだろうなぁ。


メリーについて僕はまだ知らないことばかりだ。



「ニアは外国行ったことある?」


「僕もないよ。けど……これからは大陸中を旅したいと思ってる」


「そう、じゃあ私も一緒に行く」


「そ……そんなに簡単に決めて大丈夫なの?」


「うん、私と一緒に行くのイヤ?」


「イヤじゃないし、むしろ心強いけど……」


「じゃあ一緒に行く」


「そういうことになりますか」


「そういうことになる」



そう、僕はまだ彼女のことを知らない。

メリーの感情を理解してあげることもままならない。


好きなもの、嫌いなもの、生い立ち、将来の夢。


メリーは僕のことが好きだと言ってくれたけど、それを踏まえてもやっぱり僕に甘すぎる気がする。


ーー彼女のことをもっと知りたい。


そんな僕の視線に気づいたメリーが思い出したように質問を続ける。



「ニア、前は首都ヴァルハラにいたの?」


「う……うん、十歳まで。それからブリスブルクに来て四年経つよ」


「ごめん、あんまり言いたくないことだった?」


「大丈夫……メリーにはお世話になってるし」



当然、彼女の方も僕が何者なのか知らない。

なにせ、まだ出会ってから数日の関係だ。


僕の正体について、今のうちに話しておくべきかな。

というか言う必要がなかっただけで、別に隠しているわけじゃないんだよな。



「実は僕……」



歩きながらいつの間にか話に夢中になっていたその時。


ーー背後から突然の衝撃。


視界がグラリと揺れ、顔から思いっきり地面に突っ伏す。


どうやら僕は何者かの襲撃を受け、派手に転ばされたようだ。

そして、その人物は完全に油断しきっていた僕から鞄を奪い逃走していく。


ーー五十万近い大金、僕の全財産が入った鞄を。


僕とは対照的に素早く反応したメリーが逃走犯を捕らえるも空振り。相手は単独犯ではないらしい。



「子供……⁉︎」



メリーに捕まった“少年”は僕とほとんど歳も変わらないほどの子供だった。

あえなく御用となったその少年はメリーの華麗な手刀で気絶。


逃走した少年達はざっと見た限りでもあと三人はいる。

そして、その低い身長を利用してすぐ人混みに紛れてしまった。



「ニア……大丈夫?」


「ああ、うん……大丈夫!」



メリーから手を差し伸べられるのはこれで二度目だな。

複雑な気持ちだけど、彼女は本当に頼もしい。



「追いかけよう、私は空から行く」


「分かった! またここで合流しよう!」



メリーは上空から逃走犯の一人を見つけ、文字通りすぐさま飛んでいった。

僕は逃げた三人のうち、一番近くの路地に入り込んで行った一人を追う。

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