第32話 秘策は豪雷撃⁉︎

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街宿屋屋上==



そう息巻いてはみたものの、高速で近接戦闘を行うメリーを魔法で援護するのは至難の技。

そして、僕が切れる手札は限りなく少ない。


ーーまず思いつくのは再起でメリーを回復し続けるか、もしくは炎撃の魔法で敵を牽制けんせいするか。あるいは助けを呼びに行くか。


一つ目は論外だ。傷だらけになった女の子を無理矢理また戦わせ続けるなんてもってのほか。


二つ目は相手へのプレッシャーどころか、メリーの邪魔をしてしまいかねない。

どちらにせよ、決定打にはなり得ないはずだ。


三つ目は時間がかかるが、敵は人目に触れることを嫌がるはず。ある程度効果があるかもしれない。


ただ、どれを取ってもメリーに全てを任せることに他ならない。この場で今すぐ彼女を援護する手立てが皆無である。


ーーいいや、きっとまだ何かあるはずだ。探せ! 考えろ! 今の僕に出来ること。弱い僕に出来ること。弱い僕だからこそ取れる最善策を!


二人は互角のぶつかり合いを続けている。

激しい戦闘だが、戦況は膠着状態こうちゃくじょうたい


ーー決め手になる何かが必要だ。


直接的な援護が難しいなら、間接的に干渉する方法。

最終的に勝ち残るための最善策。


ーーあった……!



「メリー! 信じて!」



僕は声をかけつつ“獄雷撃”のイメージを練り上げる。

そして、ぶつかり合う二人の直下に深紅の魔法陣が広がった。



「豪雷撃!」



素早く後退し魔法陣の範囲から逃れる黒フードの男。

一方のメリーは大きな魔法陣の上をそのまま“前進”し、わずかに隙が出来た敵を斬りつける。


その切っ先が致命傷を与えることはなかったが、男の片腕に確かなダメージを刻み込んだ。


ーーそして、もちろん獄雷撃や豪雷撃がメリーを襲うなんてこともない。そもそも僕は“豪雷撃を使えない”のだから。


あえていつもと違うかけ声を使って、僕は魔法の発動をギリギリのタイミングで中断したのだ。

今まで人一倍魔法を失敗して来た甲斐があった。


ーー僕以上に魔法が中断される感覚を味わったやつはいないだろう。


弱い僕だから出来る奇策。

でも、それだけではまだ最善策とは言いがたい。


ようやく敵にダメージを与えることが出来たとはいえ、男はひるむことなく変則的な攻撃でメリーを追い詰める。


ーーならばもう一度!



「豪雷撃!」



僕は再度、獄雷撃の魔法陣を敵の直下に展開。

それは僅かに反応を誘ったが、隙を見せるほどではなく完全に適応される。


敵もそう何度と同じ手に引っかかってはくれない。

きっと僕の獄雷撃キャンセル作戦はもう作戦として機能しないだろう。


ーーそう、それでいい。


僕は敵の足元へ魔法陣を生成、魔法の中断を何度も繰り返し行った。



「豪雷撃!」


「小ざかしい……」



もはや男は魔法陣に動じることなく、片腕にダメージを負ったことさえ利用し、手を変え品を変え巧みにメリーを翻弄する。


しかしながら、そこに叩き込まれるメリーの攻撃だって勢いは負けてはいない。

むしろ、目を疑うほどの威力とスピードだ。


か細いはずの少女の脚、そして振るわれる細剣には風神の寵愛による加速と風圧による保護がかけられている。

その猛攻は聖女の力を引き継いだ次女シア・ヴァルトールにさえ匹敵するかもしれない。



「風、お願い!」


「神の寵愛……厄介極まりない」



しかしながら、体力を振り絞った彼女の攻撃に対して黒フードの男は最低限の力でそれをいなしている。

長期戦になれば不利なのはメリーの方だろう。


ーーやっぱり“決定的な一撃”が必要だ。


それでも僕は意味も成さない魔法陣の生成をやめなかった。

ただ愚直に、何度となく。



「豪雷撃」



少しでも敵が距離を取ればすかさず敵の直下を深紅で埋め尽くす。


男はついにそれを見向きもせず、メリーとのぶつかり合いにのみ集中し始めた。僕のことは完全に蚊帳かやの外、もう歯牙しがにも掛けていない。


ーーそうだ……それでいい。


そして、見るからに体力を消耗して来たメリー。

ついに彼女の身体が大きく突き飛ばされる。

そこへ猛追する黒フードの男。


そこからのメリーはなんとか受け止めるので必死、防戦一方となっていった。



「終わりだ」



ラストスパートと言わんばかりに激しい攻めの一手を繰り出す男。僕はそこへ再び深紅の魔法陣を生成した。


黒フードの男はそれに全く関心を示さない。


そしてーー



「獄雷撃!」



そのかけ声を聞いたメリーが最後の力を振り絞り緊急離脱、対する男はかまわず追撃を仕掛ける。


大地は震え、魔法陣から激しい魔力が溢れ出した。

黒ずくめの男はそれに気付き、急いで回避行動を取る。


ーーが、時すでに遅し。


それまで完全に魔法陣への警戒を解いていたその男は“地獄の雷撃”に飲み込まれたのだった。



「メリー!」



僕は無理な体勢のまま空中に投げ出された少女を受け止め、急いで魔法による回復を施す。



「再起」


「ありがと……ニア、ちょっと疲れた」



そう言って僕の肩に顔をうずめるメリー。

あれだけの激闘を経て“ちょっと”で済むのだから末恐ろしい。


僕は少し戸惑いながらも、空色の髪を軽く撫でた。



「ニアの魔法やっぱり凄い、ニアかっこいい」


「メリーこそ凄かったよ……! おかげで助かった!」



メリーが上目遣いで微笑んだのに釣られて僕も顔がほころぶ。


ーー数秒して、獄雷撃の魔法が収束。


そこには仰向けで横たわる黒ずくめの男が居た。

全身が焼けただれ、両足の末端は跡形もなく焼失している。


ーーまだ生きてるのか? 確実にとどめを刺すべきだろうか?


しかし、あれではもう戦闘はおろか立って歩くこともままならないだろう。

出来れば殺しはしたくない。


あんな強大な魔法を人に向けて使っておきながら今さらと言われるかもしれないが、“殺さなければ殺される”状況下で相手の命まで気遣う余裕はなかった。


ーー幸か不幸か、獄雷撃を使ったことで騒ぎになるのは免れない。じきに衛兵も集まってくるだろう。


後処理は彼らに任せたいところ。

そんなことを思っていた矢先、地に伏す男がかろうじてつぶやいた。



「き……けん……極まり……ない」



ーーあいつ、あれでまだ生きてたのか……!


驚きと恐怖、そしてどこか少し安堵しながら僕は杖を構える。

同時に警戒体勢に入ったメリーが言う。



「ニア、つらかったら目を閉じてて。私がとどめ刺す」



彼女には僕の内心が見え見えのようだ。


ーーここはメリーに甘えるべきか、いや……これは僕がやったことだ。僕自身が背負うべきことなんだ。



「いいや、僕が……」



そこまで言いかけたところで、突然”建物を覆い尽くすほど巨大な魔法陣”が眼下に広がる。

紫色の邪悪な光を発するそれが、明らかに下級や中級の魔法ではないということだけは明らかだった。



「上級……魔法⁉︎」


「ニア! 捕まって……!」



メリーが僕の手を掴み魔法陣の外へと脱出を試みるが、健闘もむなしく僕らの視界は魔光に包まれた。

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