第28話 百万長者
==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・冒険者ギルド支部==
僕の前に差し出されたのは八十万アストル。
「これが坊主の分だ」
ーー以前に興味本位で聞いた世話役達の月給が二十万アストル。実にその四ヶ月分にもなる“大金”である。
「こ……こんなに?」
「キマイラの角、
「それを全部僕がもらっちゃっていいんですか?」
丸テーブルの対面に座るローが笑みを浮かべながら頷く。
周りにいる仲間達も既に同意している様子だ。
「もちろんっ! キマイラを倒したのはニアくんだものっ!」
「私達には超大型モンスターを倒す手段がなかった、ニアの魔法がなければやられてた」
「ふんっ……」
「キマイラを倒した魔法、俺らにも今度見せてくれよな!」
「助けて頂いたご恩もありますからにぇ……はぅぅ、噛みました」
コボルトの換金額と合わせて百万アストルを超える大金。
百万と言えば、常識の無い僕でも大金と言われてパッと思いつく額だ。
「それではありがたく
受け取った大金をすぐ
ーーな……なんだか緊張するなぁ。
屋敷にいるうちは現金を手にする機会もほとんどなかった。
初めて大金を持った緊張感に身を震わせる。
「早速次のクエストに行く?」
「おいおい……お前達と違ってこっちはボロボロだぜ」
「私達はしばらく静養させてもらうわ」
「じゃあ私もお休みにする。一人でもキマイラを倒せるように修行しないと」
メリーはキマイラの猛攻から仲間を守りながら無傷だった。
にも関わらずこれ以上まだ強くなろうとしているのか。
攻撃の手段がなく倒せなかったらしいが、それなら余計に無傷なのは凄い。
機動力においては完全に勝っていたということだ。
「良ければ僕もメリーの修行に付き合うよ」
「ありがと、一緒に強くなろう」
予想以上の臨時収入もあったことだし、装備も揃えられる。
メリーとの修行で来たる
==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街==
「らっしゃーせっ!」
「そこの兄さん見てってやー!」
威勢の良い声が飛び交う露店街、通称屋台通り。
食料品から武器防具に至るまで、様々なものが店先に並んでいる。
ーーちなみに僕はここへ来るのも楽しみにしていたことの一つだったりする。
「初めて来たけど、凄い賑わいだね……」
「ニアここ初めて?」
「うん、少し前まで北の方に住んでいたからね」
「そうなんだ。ニアの話、もっと聞きたい」
メリーは僕の右腕をがっちりホールドしている。
顔も近いし、その度に胸も当たるわけでしてーー
「メリーちょっと近くないかな……」
「ニア、近いのイヤ?」
「いやではないけど」
「じゃあこのまま」
「そういうことになりますか」
「そういうことになる」
屋台通りへやってきた目的はメリーとのデート。
ーーではなく、装備を整えるためだ。
杖と魔導書はともかく、剣や服装は一考の余地がある。
そして、あと一つ僕には考えがあった。
「剣はいい店を知ってる、任せて」
「ありがとう、メリー。あとは魔法使いらしくローブかな……でも出来れば動きやすさも考慮したい」
「ニアは魔法対決なら負けない。剣も使うなら魔法耐性のローブより軽めの近接系装備の方が向いてる」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
ーー方向性は決まったな。弓使いや双剣士が愛用するような軽装を探そう。
早速僕はメリーに案内されるがまま武器屋が建ち並ぶ一角へ立ち寄ることにした。
「たのもー」
「あらメリーちゃん、男連れとは景気がイイわね!」
「ニア、魔法剣士。こっちは武器屋の店主、オカマ」
メリーさんによる僕と武器屋店主の紹介がものの一瞬で終わったようだ。
筋骨隆々の肉体とオネエ口調から察するに、決して逆らってはいけない相手だということは僕にも容易に理解出来る。
「ちょっと酷いわメリーちゃん、ワタシは武器屋のレッグ・フリークよろしくね可愛い坊や」
「よ……よろしくお願いします、レッグさん」
「今日はニアの装備買いに来た」
「魔法剣士のニアちゃんにはやっぱり魔剣かしら、それとも軽い短剣派?」
「魔剣……って、そんな簡単に手に入るものなんですか?」
「多少値は張るけど、武器屋ならどこにでも置いてるわよ」
ーーそうなのか、文献で読んだ魔剣はもっと貴重なものだと感じたけど。
魔剣は魔力が宿った“魔導具”の一種、僕が拾った黒い杖も魔導具と見て間違いないだろう。
そういえば今も勝手に使っちゃってるけど大丈夫かな。
「死んでいった冒険者達の装備はダンジョンの魔力に影響を受けて魔導具になる。野生の動物が魔獣になるのと同じね。だから、今じゃ魔剣なんてダンジョンのそこら中に落ちてるってわけ。これ、冒険者の常識よん」
「なるほど」
以前ニスカさんに教えてもらったこともあるし、この杖はギルドがあえて放置したものか
先人達に感謝して、ありがたく使わせてもらおう。
「手軽なので言うとこれなんていかが? 常に微光を放つ魔剣、暗いダンジョンでも視界良好! 目立ちたがり屋な冒険者にはもってこい! 今なら二十万ゴールドのところを十五万ゴールドでいいわ!」
「わぁ! かっこい……」
「ダサい、敵からしたら良い
「だ……だよね」
感動しかけた僕の横からメリーの冷静なツッコミが入る。
うん、一人で買い物に来なくて本当に良かった。
「それじゃあ、このほのかに熱を帯びた魔剣とほのかに冷気を帯びた魔剣なんてどう? 両方あれば雪原や火山でも快適な冒険ライフが待ってるわー! 今なら二本セットで二十万!」
「す……すご」
「必要ない、高い」
心無しかメリーの語気が強まっているように感じる。
あまり感情を表に出さないメリーにしては珍しい。
「じゃあじゃあ、微かに電気を帯びた魔剣、投げても戻って来る魔剣、刃が飛んでいく魔剣なんてどう?」
ーー色んな魔剣があるんだなぁ。いずれコレクションしたいところだ。
そう思ってメリーの顔を伺えば、さっきより険しい表情をしていた。そしてあっさりと、バッサリと言い放つ。
「普通のでいい、軽くて丈夫なやつ」
「あらもう、メリーちゃんたらいけず……!」
ーー今日はメリーさんの言う通りにしよう……。けど、その前に一つだけ。
「あの……レッグさん、魔法を付与できる魔剣はありますか?」
「魔法を付与……つまり任意の魔法を吸収する魔剣ね。話には聞いたことがあるけれど、
「四、五百……!」
およそキマイラ十体分、世話役達の給料二年分、恐ろしい金額だ。
けど、コボルトを一日中狩り続ければ案外すぐ稼げるかも。
獄雷撃の魔力効率を持ってすれば理論上は不可能じゃない。
ーーまぁ、魔力保有量の観点だけで見ればの話だけど。
ダンジョンにはアクシデントがつきものだと分かったし、単純に気力や体力、食料、睡眠時間の問題がある。
そこまで急ぐ理由もない。
僕は屋敷を出て自由になったのだから。
気ままに冒険して、無理なく稼いで、ゆっくり探すとしよう。
「ニア、魔剣欲しい?」
「いや……少し興味があっただけだよ。また今度にする」
「あらそう、残念。軽くて丈夫な剣ならこの辺りね!」
店主のレッグが三本の剣を差し出す。
とても残念がっているようには見えない、相変わらずのハイテンションだ。
置かれた剣を一つずつ品定めするメリー。
重さと刃の鋭さを目利きしているようだ。
うち一本は青、続いて緑、最後に黒を基調としたデザイン。
外見はどれも格好良い、あとは性能と値段次第だ。
性能面はメリーに
「レッグさん、ちなみに値段はおいくらなんでしょうか?」
「青いのが七万、緑が八万、黒い剣は十二万アストルよん!」
ーーなるほど、性能が似通っていても結構値段は違うものなんだなぁ。
「ちなみにワタシのおすすめは黒いやつね」
「一番高いやつ」
「そうよ商売だもの! ってわけでもなくて、実はこれも魔剣なのよ。ニアちゃん、緑と黒を持ち比べてみなさい」
「は……はい」
レッグに言われるまま僕は二つの剣を順番に持ってみた。
「どっちの方が重く感じた?」
「緑の方です」
「メリーちゃんは?」
「黒」
ーーあれ? 僕の気のせいだったのかな。確かに黒い方が軽くて持ちやすいと思ったんだけど。
「安心してニアちゃん、二人とも正解。この黒剣はね……持ち手の技量を測ってその重さを変える魔剣なのよ」
「魔剣……?」
メリーがまた語気を強める。
「そ……そんな便利なのに比較的安いんですね」
「これは要するに訓練用、初心者向けの剣だからよん。力を付けていくにあたって買い換える必要が無い。だからお年頃のニアちゃんにおすすめの品ってワケ!」
「なるほど、既に強い人からしたら普通の重い剣ってことか」
「私は青いので良いと思う。安い、悪くない」
長い目で見れば安くて普通の剣に慣れておいた方がいいのだろう。けど、技量を測る黒い剣も捨てがたい。うーん、迷う。
「ニアちゃん、今持ってる剣を下取りしてくれるなら多少融通を利かすわよ。それ……北端の首都ヴァルハラ産でしょ?」
「は……はい、よく分かりましたね」
「こちとら何十年も武器屋やってんのよ、それくらい分かるわん。そうね……初回の大出血サービス、二万で買い取るから黒い剣は十万でいいわ」
ーー屋敷から持って来た剣は昨日の戦闘でかなりボロボロだ。それなりに良い品なんだろうけど、手放すことに未練もない。
「分かりました! それではこれを売って黒い剣を頂きます」
「毎度あり! やっぱりニアちゃんも男の子ね!」
「はい……黒い魔剣、めちゃくちゃ格好良いです!」
そうして僕と店主は固い握手を交わす。
ーー冒険者ニア・グレイスは黒い魔剣を手に入れた。
ウキウキ気分でしきりに魔剣を眺める僕、それを見つめるメリーの視線が心無しか冷たい感じだったのは気のせいだろう。そうだと思いたい。
「くれぐれも、おばば様によろしくね」
「うけたまわった」
おばば様、確かメリーの剣の師匠で孤児院の先生だったよな。
よし、その人も逆らってはいけない人リストに追加しなくては。
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