第24話 僕だって男の子ですもの。

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・民家==



目の前には年頃の美少女。

空色の髪は肩上で切り揃えられており、色白の肌は雪のように繊細せんさいだ。


名はメリー・ロゼット。


またの名を“風の戦乙女ワルキューレ”。

今や、このブリスブルクで知らぬ者がいない冒険者だという。


ーー僕もその強さは目の当たりにした。


彼女は“風神ふうじん寵愛ちょうあい”を受けている。

彼女は風を自由に操って戦う。空も飛ぶ。


しかしながら、彼女の強さが“鍛え抜かれた剣技”に裏付けられていることは言うまでもない。


無口で、あまり表情の変わらないメリー。

何でも淡々とやってのけるような印象を受ける。


いつも少し眠たそうな印象のジト目。

その綺麗なひとみが今は上目遣いでこちらを見つめている。


そんな彼女が今ーー“何でも一つお願いを聞いてくれる”と言う。


僕はごくりと生唾を飲んだ。


ーー僕だって男だ。ここは……


腹をくくってお願いをする。



「僕に“剣”を教えて欲しい!」


「うん、いいよ」



僕も男である以上、もっと強くなりたい。

それこそ、メリーの隣に相応ふさわしいくらいには。



「ありがとう!」


「お安いご用」


「この四年間ずっと独学で伸び悩んでたから助かるよ」


「うん、片付けが終わったら早速いこう」



こうして僕はメリーに剣の稽古けいこをつけてもらうことになった。





==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・広場==



最近は魔法の練習ばかりしていたこともあって心配していたが、針林しんりんダンジョンでの身体能力向上レベルアップが功を奏している。


もちろんメリーと対等と言うわけにはいかないが、僕もなんとか食らいつく。



「もう一本いくよ」


「ああ!」



メリーは背の低さを活かして下からふところへ潜り込むのが上手い。


高く構えていては、ものの三歩で間合いを詰められる。

風神の寵愛と無意識レベルの魔法で強化された脚力がそれを可能にしているのだ。


その勢いと強風にりそうになる身体をなんとか前傾に保ち、メリーの初撃を防ぐ。



「剣を飛ばすつもりで振った、なかなかやる」


「こっちからも行くよ!」



僕は彼女の機動力を奪うため、足元から狙った。

こちらも身長の低さを活かす作戦だ。


ーーしかし、その程度の浅知恵で彼女をとらえることは出来ない。



「また私の勝ち」



即座に飛び上がったメリーへの反応が遅れ、僕は彼女の太ももを目で追うことしか出来なかった。


赤くなった顔が横から蹴り飛ばされ、心も身体もKO負けである。



「ニアはお利口りこうさんの剣、剣筋が素直過ぎて読みやすい」


「お……お利口さんって……」


「そのくせ勝負に出る時は雑」


「うっ……」


「モンスターには通用しても、対人では通用しない」


「あ……あのメリーさんっ……ちょっと言葉のナイフが……」


「ごめん、正直に言い過ぎた」


「それ追い討ちですメリーさんっ!」



起床してから数時間、午前中のほとんどを剣の打ち合いに使った。

午後はいよいよ“冒険者登録”へ行こうと思っている。


僕もついに一人立ちの時だ。





==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・民家==



そして、今は剣の鍛錬を終えて一度メリーの部屋へ戻ったわけだがーー



「汗かいた、ベトベト。お風呂一緒入ろ」



メリーは強引に僕の手をとって、浴場へといざなう。

浴場よくじょうだなんて欲情よくじょうしてしまーーなんて寒いことは言いません。



「ちょっと待って、メリー」


「何? 一緒に入るのイヤ?」


「その……いやではないけど」


「じゃあ一緒に入る」



どこまでも男前なメリーさんだった。

そして腕を引っ張る力も男勝りだ。


ーーこう見えて僕もかつては皇子だった。


女の人に身体を洗ってもらうなんてことには慣れてーー



「よいしょ」



僕の気持ちをよそに服を脱ぎ始めたメリー。

絹のような白い肌がまぶしい。



「……って、やっぱりこういうのは段階を踏んで……!」


「段階? もしかしてニアは“チュー”がしたい?」



少しだけ恥じらいながら、とんでもないことを僕に問うメリーさん。

少しずつ恥じらいながら、僕もメリーの距離感に慣れ始めた。がーー



「いやいや、そそ……そうじゃなくて!」


「ニア、チューしたくない?」


「したくないわけではなくて…………いや、とりあえず今日のところは一人で入るから!」



僕は持ち前の背の低さを活かし、無防備に立ち尽くすメリーの背後を取る。

そして目にも止まらぬ速さで脱衣を済ませ、先んじて浴室へ。


ーー勝った。


ここにきて、メリーから初めて一本取った瞬間である。



「なんだかダンジョンにいた昨日より今日の方が疲れている気が……」



浴室で一人、身体を洗う。


ーーそういえば一人になったのは約一日ぶりだ。


これまでずっと一人だったのに、僕の状況も随分と変わった。

特に今は何故か女の子の家でお風呂に入っている。


その事実を改めて実感し、顔を赤くしていれば、


ーーガラガラと音を立てて脱衣所の戸が開く。



「背中、流す」



もちろん扉を開けたのはメリー。

ついに新しい扉が開いてしまったのは僕。


僕は吹き出そうになった鼻血を手で抑える。



「メメメ……メリーさん⁉︎」



まだ成長途中の細くしなやかな身体があらわに。

いくら女性に身体を洗ってもらうのに慣れていたとはいえ、それを目の当たりにするのは初めてだ。


侍女は服を着ていたし、それにほとんどが親以上の歳の女性達だった。



「よいしょ」



動揺しきった僕とは正反対に、メリーは終始落ち着き払った様子で後ろへ座った。

僕はたまらず声を荒げる。



「メ……メリー、流石にこれはダメだ!」


「えっと……ニア怒ってる?」


「そうじゃなくて、知り合ったばかりの男女で一緒にお風呂に入るなんて普通じゃないよ」


「ごめん、私……人との距離感が上手く分からなくて」



メリーは感情表現がどこまでもストレートだ。

孤児院で育ったからということ以上に、きっと彼女に力があったからだろう。


彼女は周囲に配慮する必要がなかったのだ。

常に周りが彼女の顔色を伺っていたから、彼女の意見を真っ向から否定しいさめてくれる人がいなかったから。



「大丈夫、こっちこそ大きな声を出してごめん」


「ううん」


「それにメリーの素直なところは嫌いじゃないというか、その……僕は好きだから」


「好き……? ニア、今“好き”って言った?」



メリーが黙り込む。

後ろを見ずに会話をしていたが、気になって振り返る。


すると、メリーはこれ以上ないほどに顔を赤らめていた。


あまり感情表現が表に出ないメリーの動揺しきった表情に、僕も思わず前を向き直して顔を隠す。


ーー可愛い、可愛すぎる。反則だ。



余計に汗をかいたのではないかという湯浴ゆあみが終わり、今度こそ準備が整った。


いざ、冒険者ギルドへ。

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