地方都市ブリスブルク Ⅰ

第23話 少年少女、ひとつ屋根の下。

==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・民家==



<<時は来た>>



どこかで聞いた女性の声。誰だっけ。



<<時は来た……針の森、その最深部で過酷な試練と新たな力が其方を待つ>>



温かい、そして柔らかい。

なんだろうこの感触は。


ーー夢か?


これはあれだ、まるで天にも昇るような気持ちというやつだ。


ーーまさか、僕は死んだのだろうか。


僕は慌てて目を開ける。



「あっ、ニア。おはよう」


「おは……よう」


「やっと目が覚めた……よかった」



寝ぼけまなこに映ったのは“空色の髪の美少女”。

距離にして約十センチ、息がかかるほどの間隔。



「メ……メリー⁉︎ どうしてここに⁉︎」


「どうしてって、ここ私の家」



気づけば僕はメリーの家で、さらに言えばベッド上で“抱き枕”にされていた。

温かい、そして柔らかい、まさに天にも昇るような気持ちだ。


すぐに離れようかとも思ったが、人肌に触れたのなんていつぶりか思い出せない。


ーーそこでようやく自分が無意識に涙を流していることに気づく。


僕はそれを誤魔化ごまかすように、おどけた調子で聞き返した。



「メメメ……メリーの、いいい……家?」


「うん、ローとニスカは一緒に住んでる、あとは怪我人。ニアの家もどこか分からなかったから」


「あ……ああ」



そうか、僕はキマイラとの戦闘の最中で倒れて。



「あのあと、キマイラは……⁉︎」


「覚えてないんだ。ニアって本当に不思議」



ーーそう言うメリーもかなり不思議な女の子だと思ったが、今は心の中にしまっておくとしよう。



「最後にニアが放った魔法、凄かった。キマイラを一撃で倒した」


「えっ……」



ーーあれだけ苦労して倒せなかったキマイラを一撃で? それを僕が? 一体どうなってるんだ。



「僕が……?」


「うん」


「本当に?」


「間違いない」



そこまで言うなら、信じるしかない。

僕は最後の力で、最期の力を振り絞って死ぬ気で“獄雷撃ごくらいげき”を放った。


ーーそれは覚えている。けど……


僕がイメージしたのはあくまで普通の獄雷撃のはずだ。

獄雷撃自体が普通の魔法ではないと言われればそれまでなのだが。



「状況は分かった」


「うん」


「じゃあそろそろ離れようか」


「ニア、私とくっついてるのイヤ?」



僕達の身長はほとんど同じ。

メリーが少しうつむくと、自然と上目遣いになる。


ーーつまり僕は今、目の前の美少女に上目遣いでおねだりをされているような状況だ。


それも同じ毛布に包まれながら。



「い……いやではないよ。おかげで凄く安心して眠れたし。で……でもやっぱりこういうのはちゃんと…………」


「一目惚れだった」


「えっ……?」


「だから最初に名前教えた。凄く心配もした。誰にでもするわけじゃない」



ーーあ……ああ、突然の自己紹介にはそ、そんな意味が…………へぇ……って、一目惚れ⁉︎ 今、一目惚れって言った⁉︎



「助けに来てくれた。凄く嬉しかった。もっと好きになった」



胸の鼓動が速い。多分キマイラを目の前にしていた時よりも。

きっとメリーも気づいてるだろうな。



「だからニアがイヤじゃないなら、私はずっとこうしていたい」


「ぼ……ぼぼ……僕だって…………その……」



タイミングが良いのか悪いのか、その時“腹の虫”が「ぐぅ〜」と音を立てた。



「ふふ……ふふふ。朝ご飯にしよう、準備するから休んでて」



ーーメリーがにこやかに微笑んだ。暴力的な可愛さだ。


表情があまり変わらないメリーの笑顔は破壊力が抜群だった。

目を合わせていられなくて僕は毛布の中へ隠れる。


ーーが、そこはむしろメリーの残り香や温もりが十二分じゅうにぶんに感じられる場所だった。


顔が真っ赤になる。


まずもって、同世代の女の子と話す機会なんて数年間訪れなかったのだ。

それが家に上がり、ベッドに寝かされ、抱き枕のように扱われてーーこっそりとメリーの方をのぞけば目が合い微笑みかけられる。



「ニア、嫌いな食べ物はある?」


「な……なな……ないですっ!」


「好きな料理は?」


「う、うーん……実はあんまり料理に関心がなくて」


「そう、じゃあ適当に作る」


「ありがとう……!」



メリーは慣れた手つきで料理を始める。

ダンジョンでは後ろで一つ結びにされていた髪が解かれており、肩まで伸びる空色の髪が少し大人っぽく感じられた。

部屋も恐らく一人暮らし用、メリーはずっとここで一人で暮らしてきたんだろうか。



「メリーはブリスブルクへ出稼ぎに来ているの?」


「ううん、私は近くの孤児院で育てられた。親はいない。私は運良く“風神様の寵愛”を受けていたから孤児院のおばばに戦いを教えてもらった」


「ご……ごめん。大変だったんだね」


「そんなことない、私は恵まれている方だと思う。ニアは家族心配してない?」


「僕は……」



心配されているはずもない。

これからは僕も冒険者として一人でやっていくつもりだ。


もうあの家に戻ることはないだろう。



「僕は冒険者になるために家出して来たんだ。そうだ、ちょうどいいから今日はこれから冒険者登録をして、住むところを探すよ」


「それならしばらくここに居ればいい」


「い……いや、それは申し訳ないよ!」


「私と一緒はイヤ?」


「そんなことは無いけど!」


「それなら私がニアと一緒にいたいから、ニアはここにいるべき」


「そういうことになりますか」


「そういうことになる」



自信に満ちたメリーの表情が、僕はにつられて少し赤くなる。

メリーも珍しく目を泳がせて料理を続けた。


ちょうど良い匂いがし始めて僕は立ち上がる。

まだ少しふらつくけど、なんとか大丈夫そうだ。


最後にキマイラを倒せたことで魔力の方もギリギリのラインを保つことが出来たんだろうな。



「はい、召し上がれ」


「凄い……美味しそう!」



用意された手料理は見たことのないものばかりだったけど、どれも温かみが感じられて美味しかった。



「一人暮らしするなら……僕も料理を覚えなくちゃいけないなぁ」


「いいよ、料理教えてあげる。それから……」



メリーは改まって口火を切る。



「ニア、改めて昨日は助かった。誰も犠牲にならず帰還できたのはニアのおかげ。だから、お礼したい」


「いや……お礼なんてそんな」


「料理も教えるし、私に出来ることなら何でもする」


「なん……でも……?」



ーー今、何でもって言った?


思わず僕の心の臓が奥底の方から熱く燃え上がり始めた。

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