第22話 聖女様と皇帝陛下の優雅な日常(皇帝サイド)

==ヴァルトール帝国・首都ヴァルハラ・皇帝城内大回廊(聖女リア視点)==



家臣達がみょうあわただしい。

修練を終えたばかりで「さっそく湯浴ゆあみでもしようかしら」と思っていた矢先のこと。



出立しゅったつは今すぐとのことだ……急げ!」


「はっ……かしこまりました!」



あらあらわたくしを差し置いて、何か面白そうなことが起きている気配。


ーーうふふふふ……これは見逃せませんね。


帝国の皆様のために日々勉学にはげみ、修練にいそしんでいるのですから、楽しいことはぜひとも共有して頂きませんと。



「皆さん、いつもお疲れ様です。何かあったのでしょうか?」



慌ただしく走る一人の女性に話しかけた。


人前ではあくまでも“聖女様”でいなければ。

私は救国の聖女であり、ましてや帝国の第一皇女でもあるのですから。


いつでもどこでも、一つの隙も見せたりは致しません。



「これはこれは、リア様。ご機嫌うるわしゅう。貴女様の手をわずらわせるようなことではありませんよ……お気になさらず」


「そうですか」



ーー良いから早く教えて下さいな。とは言えないので、ここは……


わたくしは軍服の女性の手を取り、あくまでも優しく語りかける。



「皆さんが私の知らぬところで苦労を重ねていることがたまらなくつらいのです。どうかお話だけでもお聞かせくださいませ」


「リ……リア様!」



感心を絵に描いたような顔の女性、口をるのも時間の問題でしょう。


ーーほーら良い子ですから、早くお話下さいませ。



「そ……そのですね、皇帝陛下より“ニア様を連れ戻せ”とのお達しがあり……」


「ニア……お兄様を?」



ーー今、ニア様とおっしゃいましたか? ニアお兄様を連れ戻すと?


ああ、何ということでしょう。

四年前に引き離され、再び会えるその日をどれだけ心待ちにしていたことか。


羨望せんぼうの眼差しでわたくしを見るお兄様のあの目。


ーー思い出しただけでもゾクゾクしてしまいます。


とても待ちきれない、待ちきれませんわ。

ここでの修練も大詰めと言ったところですし、少しおいとまを頂いてもいいのではありませんでしょうか。



「お兄様は確か……南のブリスブルクでしたね。とても遠方ですから準備も大変でしょう。どなたが使者をお勤めに?」



ついていきたいです、ついていきたいです、ついていきたいです、いいですよね、私もついていきます。



僭越せんえつながら、近衛騎士団の末席まっせきけがすこのナルハ・アドレインが使者をお勤め致します」


「貴女が……?」



近衛騎士団の女性騎士ですか……うふふふふ、これ以上の配役がありましょうか。

これは暁光ぎょうこう、やはり地母神様の思し召しでしょう。



「ええ、誠心誠意お役目を果たして……」


「私もついていきます」


「参りま…………えっ……?」



笑みが止まらない、お兄様に会えると思うと笑みが止まりませんわ。

情けない顔で羨ましそうに、悔しくて泣きそうで、それを我慢しているお兄様の愛らしさと言ったら。


今から想像しただけで、ワクワクしてきました。



「リア様……今何と……?」


「ですから、私もついていきます」



ここは笑顔のゴリ押しに限りますわ。



「な……なな、なりません!」


「ついていきますっ」


「リ……リア様ぁ」



ーーうふふふふ……この方も実にウブで可愛らしいですわね。



「ナルハさん、考えてもみて下さい。お兄様は次期皇帝でありながら四年も放って置かれたのですよ、それが端役……騎士団末席のちょっとやそっとの説得でお戻りになられると思いますか?」


「な……なるほど、確かに」


「では、それが愛すべき妹であったならどうでしょう」


「一理ありますね……」


「ほらほら、お兄様を連れて帰れず成果無しで戻ってきた時のことを想像して下さいませ。お父様はさぞかしお怒りになるでしょうね」


「では……一緒に…………って、なりません!」



ナルハは予想以上に真面目で堅い人物なようだ。


ーーあら、折れませんか。流石は近衛騎士団と言ったところでしょうか。歳もまだ若いのに随分とご立派で、なればこそ余計に揶揄からか甲斐がいがあるというもの。



「そうですか……分かりました。わがままを言ってしまい申し訳ありませんでした」



ーーでは、黙ってこっそりとついて行くことにしましょう。



「いえ、お心遣い感謝致します!」


「それではご使用なされる馬車にお祈りだけでもさせてくださいませ」



ーーうふふふふ……楽しくなりそうですわ。待っていて下さいお兄様。





==ヴァルトール帝国・皇帝城・皇帝自室(皇帝視点)==



その日、ブリスブルクにいるニアを連れ戻すため使者を出した。


傭兵団プロメテウスの団長シージ・アンクルボザの言うことが本当であれば由々ゆゆしき事態だ。



「まさか剣と魔法以外の面で“寵愛ちょうあい”を受けていようとは。果たして一年以内に使える程度までもっていけるのか……」


「恐れながら……陛下!」



ノックの音と家臣の焦った声が響く。

またこれ以上厄介ごとかと胃が痛んでならん。



「なんだ! 些事さじであれば私に報告はしなくて良いと散々……」


「リア様が……!」



ーーリア……だと?



「リアがどうした?」


「リア様が城から姿を消されました……!」



ーーリアが居なくなった?


どういうことだ。今日も修練に勉学に励んでいる姿を確かにこの目で確認した。



「何者かに連れ去られたのか?」


「いえ、侵入者の形跡はなく。今日の出入りは行商人とニア様へ向けた使者のみでございます」


「リアが自分からここを出て行ったと?」


「はい……そうとしか」



少し高飛車たかびしゃなところがある次女のシアならともかく、あの温厚で大人しいリアが……? ありえん。



「何かの間違いではないのか」


「現在城中を探し回っておりますが……どこにも」



ーー何故だ! 何故こうなる! 次から次へと!


私は皇帝ギア・ヴァルトール。

国を手に入れ、聖女を手に入れ、これから魔王軍撃退の栄光を掴む者!


それがどうしてこうなった。


ーーどこで間違えたというのだ! くそっ!



「今すぐ使者を出して、ブリスブルクへ差し向けた使者を連れ戻せ!」


「は…………はい」



ニアだ。ニアが“地母神の寵愛ちょうあい”について何も言わず去って行ったのが悪い。

あやつめ、これ以上この私に面倒をかけさせたらタダではおかんぞ。


ーーそれはニアが既に皇帝別宅を旅立ったあとのことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る