第21話 皇帝の大失態 (皇帝サイド)
==ヴァルトール帝国・首都ヴァルハラ・皇帝城内修練場(皇帝視点)==
聖女フリージア・グレイスが
ーー彼女の忘れ形見である三つ子達の成人を待つかのように。
「フリージア、安心して眠りなさい。“あの二人”はとても順調だ」
皇帝ギア・ヴァルトールは二人の少女を交互に
一方では“高位の光魔法”を、もう一方では“光の速さで剣を操る”少女達がそれぞれ修練をおこなっているようだ。
「いきます……極光撃」
少女が持つ大きな杖の先に“白い魔法陣”が浮かび上がる。
ーー城の大門を覆い隠さんばかりの巨大な陣。
それが三層重なり合い、前方の一切を消し飛ばす光の熱線が射出された。
「よろしい……次は“再生”の魔法を連続使用してみせよ」
「はい、お師匠様」
少女の前に多くの怪我人が連れられて来た。
腕を失った者、目を失った者、両足を失った者など。
満身創痍の彼らを前にして少女は魔法の詠唱を開始する。
「再生……再生……再生」
すると失っていたはずの腕が光の粒で再構築され、驚くべき速さで元の腕の形状を取り戻す。
「腕が……腕が戻ったぞ!」
「まさしく聖女様だ……!」
目の前で起こる奇跡に歓喜する戦士達。
少女は次々と“再生”の魔法を行使し、腕を、目を、足を復元してゆく。
最後の一人を治療し終えたところで、流石に疲れの表情を見せる白銀髪の少女。
「お師匠様、どうでしょうか?」
「うむ……威力、効果範囲、魔力効率、どれをとっても申し分なし。特に再生魔法に関してはお主しか使うことが出来んからな、何も言うことはない……本当に強くなったなリアよ」
「ありがとうございます。これもお師匠様のご指導の
「うむ……」
彼女を指導する白髪混じりの男は満足げに
リアと呼ばれた少女は長く伸ばした白銀の髪を耳にかけて、父ギア・ヴァルトールに視線を運び微笑んだ。
気づいたギアも微笑み返す。
続いてーー
「リアの魔法、かなり仕上がってるわね。私も負けてらんないわ!」
ツインテールの美少女が激しい
美しい銀色に薄く黒の差し色が入った髪、それが高速で動く剣術に伴って揺れ動く。
「その意気です、シア様!」
「父上の前で恥はかけないのよ!」
線の細いその身体には神聖なオーラが宿っているようだ。
四方八方からの攻撃を歯牙にもかけず弾き返す。
少女の
「ああ、美しいっ! そして本当に素晴らしいですよシア様!」
「まだ…………もっとやれるわ!」
「なっ……! さらに速く……⁉︎」
相手をする男が
次に男が目を開いた時、もう既に握りしめていたはずの剣は弾き飛ばされていた。
「くっ……参りました。まさしく聖女様の後継……いや、剣の速さと正確さは既にそれ以上。剣聖シア・ヴァルトール、恐るべし…………と言ったところですな」
「まだまだよ……さぁもう一本。次は右手と右足だけでやるから」
さらに訓練を続ける二人の少女。
彼女らを見守る皇帝、その傍らには彼女らを眺める姿がもう一つ。
「どうだ、あの二人は素晴らしかろう? 共に闘えることを誇るがいい」
「はぁ…………まぁギリギリ及第点ってところかね」
露出度の高い軽装に身を包んでいるーーというより
妖艶で見るからに勝ち気なその女性は、修行をしている少女達の圧倒的な戦闘力を目の当たりにしても全く
ーーそれどころか、二人が戦力として期待に見合わないとさえ感じているようだ。
たまらず皇帝が言葉を返す。
「何が気に食わないというのだ、シージ。二人の実力は最早フリージアさえ上回っている。あの二人さえいれば魔王軍の侵略など恐るるに足りん」
シージと呼ばれた女性はそれを鼻で笑ってから答える。
「なぁ皇帝様よ、あの二人には“地母神の声”が聞こえているのか?」
「地母神様の声……だと? そんな話は聞いたことがない」
「まぁ、そうだろうなぁ……あの動きじゃ“あの子”には遠く及ばないよ」
「そんなはずはない! 私とてフリージアの戦闘を何度も目にした。何より私の妻だ! いくら彼女と共に戦った経験のあるお前でも、聖女の力についての知識は私とそう変わらないだろう!」
「そうかい…………じゃあ、大地から立ち昇る“地獄の雷撃”を見たことは?」
「地獄の雷撃……? 魔族が扱う魔法か?」
「あれまぁ……それも知らないのかい。なら悪いけどオレらは手を引くよ」
連れ立った部下にハンドサインを出して修練場を退出しようとする傭兵シージ。
人を見下したような彼女の様子に
「貴様何を言っている! これまで貴様の傭兵団にどれだけの支援をしてきたと思っているんだ! それに今回の報酬は言い値で支払った……放棄する権利があると思っているのか⁉︎」
「ああ、金は返すさ。オレら傭兵稼業も命あっての物種だからねぇ……聖女様の後継が不完全なまま部下達をみすみす死地へ連れてく訳にはいかないのさ」
あくまでも強気なシージの反応に
何かを言い返したいが何も言い返せない歯痒さをなんとか抑えた。
「待て…………分かった。金は要らん。地母神様の声、そして地獄の雷撃とやらについて教えろ」
「それは情報料ってことでいいのかい? あとから返せって言われても返さないよ」
「ああ、構わない」
「ふはっ……まいどありぃ! 結論から言って…………地獄の雷撃ってのは“聖女様が使った”のさ。それも敵が現れる位置を的確に予測してね」
「まさか…………」
「それで数百のモンスターを一気に蹴散らして、その上であの子はそれを“魔力回収用のスキル”でしかないと言い放った」
「魔力回収……?」
皇帝は生唾をごくりと飲み込む。
シージは嘲笑うように彼を見下しながら話し続ける。
「そうだ。北極門の戦いは恐らく“万以上のモンスター”が出てくるだろう、その戦場であの二人は終始戦うことは出来ない。温存する場面が出てくる。そこで前線を張るのは誰だと思っているんだい?」
「ぐぬ……その魔力回収スキルが必要になると……? そして、それらも聖女の力だというのか……?」
「ああ、あの子はそう言ってたね。雷撃を“地母神の怒り”、声は“地母神の導き”とそれぞれ呼んでいたよ」
そこまで聞いて皇帝はとある失態を冒していたことに気づく。
「つまり……それらの力は…………」
「別の“誰か”が受け継いだんだろうねぇ……」
「長男のニアだ、ブリスブルクの別荘に住まわせている」
それを聞いたシージがニヤリと笑う。
慌てた皇帝が続ける。
「報酬は倍を払う……! やつをここへ連れ戻し、一年で使い物になるように鍛え上げよ!」
「いいぜぇ、
「ならん!」
「そうかい……なら交渉決裂だ。けど安心しな、そいつが参戦するならオレらも北極門に戦いに来てやるよ。こっちもお陰様で良い情報が手に入った」
皇帝は苦虫を噛み潰したような顔で、慌ただしく
「一刻も早くニアを連れ戻せ!」
「くははっ……競争だな……皇帝様よ」
こうして、ニアが知り及ばないところで争奪戦が始まった。
皇帝ギア・ヴァルトールの大失態を知る者は少ない。
ましてや、郊外へ追放されているニアとっては知る
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