第13話 面白い猿

==針林ダンジョン中腹・群生地帯==



僕は今日の探索を切り上げて“帰還”を目指すことにした。


ーーそこで僕は今日の“成果”を振り返る。


当初の目的である試し撃ちは十分。

緋色の雷撃の特性についても理解が進んだ。


・威力は生物をもれなく消し炭に変え、鉄以上の固さを持つ物質を焦がす程度。


・感電や火傷による殺傷能力よりも雷光のエネルギーによる単純破壊が大きい。


・範囲は約二十メートル程度。

威力と範囲に関しては何度打っても変動が無いと見える。


・現在、約十五秒間隔で発動可能。

持続時間が約十秒で、その後五秒間のクールタイムを要する。

状況によっては走りながらでも行使可能だ。


そして、なんと言っても最大の特徴はその魔力効率だ。

コボルト二匹分ほどの魔力しか必要としない。


針林ダンジョン前半部であれば、実質体力が続く限り無限に攻略が可能である。


ーー今日の“戦果”としては、


・コボルトが五百匹以上

・その魔力と経験値

・素材となる爪牙は鞄いっぱい


加えて、雷撃を回避するような強敵ハイコボルトの討伐に成功。


初めてのダンジョン攻略にしては、我ながら驚異的な成果だ。


ただ、僕は今とても大きな問題を一つ抱えている。



「帰り道……どっちだろう?」



現状、最大の問題は帰路の選定であった。

僕はとりあえず木々の比較的少ない方に見当けんとうをつけて進む。


するとーー目の前に新たなモンスターが姿を現した。



「白い……猿?」



とぼとぼ歩いて来た小さな刺客。

体長は人の半分程度、白い体毛で長い尻尾を持つ下位のモンスターだ。



「確か…………テールエイプだったか」



長い尾と手足を使って木々の隙間を器用に跳び回る厄介な性質を持ち、非常に知能が高いとされている。


しかし人への敵愾心てきがいしんは薄く、危険性は高くない。

冒険者に悪戯いたずらするのが好きな迷惑系モンスターといった印象だ。



「今日はもう十分やったし、攻撃して来ないモンスターをわざわざ狙う必要もないよな」



無害なモンスターならと僕はそのまま気づかないフリをした。

そして帰路きろを探してキョロキョロしているともう一匹のテールエイプが僕の行く手を阻む。


左へ向かえば左へ、右へ向かえば右へ。

まるで元からそっちに行くつもりでしたみたいな素知そしらぬ顔で進行方向を遮って来る。


ーーいかに温厚な僕であっても、流石に堪忍袋の緒が切れてしまいそうだ。



「いっそ倒してしまおうか……」



そう思って腰のホルダーに携えた魔導書を手に取ろうとしたその時だった。


ーー気づいた頃には時すでに遅し。


手にしたはずの魔導書が手元から消えた。



「やられた!」



目の前の一匹は陽動ようどうだった。

僕の注意を逸らし、背後から現れたもう一匹が魔導書を奪って逃げていく。


その速さはハイコボルトをも凌駕りょうがする勢いだ。


すかさず追いかけようとすれば前にいた一体が僕の後頭部を小突き、またもや陽動を仕掛けてくる。


これが彼らの常套手段なのだろう。

力はなくとも、その狡猾こうかつさと高い知能で冒険者を翻弄する。


そしてーーその表情はとんでもなく挑発的だ。



「逃がすかっ!」



僕はすかさず槍を両手に持ち替え突き刺そうとするも、長槍はことごとく木々に阻まれてしまう。


ーー針の木が鬱蒼うっそうと生い茂るダンジョン深部で長柄武器は悪手か。


そうして手をこまねいているうちに、今度は腰に携えた剣を引き抜かれて奪われた。



「くそっ……!」



テールエイプは長い尻尾を器用に使い、木々の隙間を素早く移動し続けている。

そして夢中で追いかければ針の樹木からチクチクとダメージを受け、慎重になれば距離を離される。


奴らは直接的な攻撃をしてくるようなモンスターではない。


ーーしかし、ダンジョンの中腹で武器を奪われ戦闘力を削がれた冒険者がどうなってしまうのかは想像にかたくないだろう。



「ーーーーッ」



さらにもう一匹のテールエイプが合流、振り返りながら僕を嘲笑あざわらう。

槍が届きそうで届かない距離を保ちつつ挑発、牽制けんせいするような動きだ。


ーー僕から魔導書を奪った一匹と剣を奪ったもう一匹を追わせないつもりか。


合計三匹の甲高い鳴き声が四方八方から僕を煽りたてる。


ざわつく心を一旦落ちかせるよう、僕は呼吸を整えた。


ーー落ち着け、落ち着け。魔導書がなくても、詠唱とイメージさえ出来れば魔法は使える。



「大丈夫……強くなった今の僕ならやれる……!」



幸いなことに約四年間も習得に時間をかけた“炎撃えんげき”なら詠唱とイメージを丸暗記済みだ。


ーーしかし、ぶっつけ本番で雷撃や再起は失敗の可能性がある。


僕は槍を鞄に引っ掛けて、炎撃の詠唱を始める。


そしてーー



「【空気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈烈たる火の神よ、ここに炎の一撃をもたらせ! 【炎撃】!」



左手から熱風が吹き荒れ、やがて大きな火球となって放出される。

その威力はある意味思惑通り、想定以上のものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る