第12話 回復魔法が使えない聖女の子

==針林しんりんダンジョン・中腹・焼け野原==



僕は焼け焦げた木々をクッション代わりにして倒れ込む。



「なん……とか、勝てたけど…………」



全身の傷が痛む。体中の倦怠感けんたいかんがひどい。


このままじゃロクに走れない。

それどころか歩くのもままならないのではないだろうか。


こんな傷を負ったのは当然ながら初めての経験だ。

幸い周囲にモンスターの気配はないが、このまま倒れていたら文字通り恰好かっこう餌食えじきである。


ーーそこで一つの案が脳裏によぎる。



再起さいき…………発動出来るだろうか」



“再起”は低位の回復魔法だ。

しかし難易度としては中級に位置する魔法である。


ーーかつて城で練習した時は結局習得することが出来なかった。



「回復魔法が使えぬ聖女の子……」



ーーと、そう陰で言われていたのを思い出す。


低位の魔法とは言えども、回復魔法が使いこなせるかは魔力の相性次第。

魔法使いが誰しも使えるものではない。



「回復魔法はリアの専売特許と思い込んで、あれ以降は試してすらないけど……」



聖女の遺児いじでありヴァルトール帝国の第一皇子として、多数の宮廷魔法師団に指導を受けたがそれでもダメだった。


ーーでも、あの声がなくなった今なら……こうして強くなった今なら!


僕は横たえたまま魔導書を開き、目を閉じる。


イメージは大地の恵み、生命の起源、人を作る血肉と魂。

地の底から湧き上がる生命の神秘を光の粒子として認識する。


それらを身体にまとわせ、保護、固定、同調、定着、結着。



「再起……」



魔導書から淡い白銀の光があふれ出す。

同様に大地からまばゆい光の粒子が発現すると、僕の身体の傷を保護するように定着した。


すると、みるみるうちに傷が治り、成功を確信した僕は目を開ける。



「出来た……! 回復魔法……成功だ!」



あの雷撃だけでなく、再起まで習得できたのは嬉しい誤算。

思わぬ副産物は聖女の遺児としての面目躍如めんもくやくじょともなった。



「やっと聖女の力らしい魔法が使えた……ようやく聖女の息子だって胸を張れる」



ーーいいや違う、そうじゃない。もう過去とは訣別けつべつしたんだ。もう聖女の子じゃなくて、僕は回復魔法も使える一人の冒険者だ。


新たな決意を胸に僕がのそりと立ち上がれば、そこは見渡す限りの焼け野原。

まるで魔王の軍勢から襲撃を受けたような有り様。


ーーやったのはもちろん僕です……はい。


まだふらつく身体で戦利品の回収を急ぐ。

ハイコボルトの爪牙、そして地に突き刺さった白銀の槍。


ーーかなり重そうだけど、見るからに相当な値打ち品だ。これを持って帰らない手はないな。


いざ手にしてみれば、それは意外にも軽々と持ち上がった。

ダンジョンに来てから身体能力が急激に成長しているのは単純に筋力が上がっているというわけではないだろう。


かつて文献で読んだことがある。


ーー人は無意識に魔力で肉体を補強していると。


つまり急成長しているのは筋力ではなく、魔力の方。

そう考えるのが自然だろう。


さっきまで興奮しきっていた脳内が少しずつ冷静さを取り戻す。


改めて周囲に注意を向ければ、しばらく閑散かんさんとしていたその場所にも少しずつ変化が訪れていた。


まず驚いたのは大地から既に新たな針の木が芽吹こうとしていること。



「針の木……もう生えてきてる。凄い生命力だ……!」



これこそダンジョンの醍醐味だいごみ

日常では到底味わえない大自然の美しさと恐ろしさを肌で実感する。


ーーあぁ、僕は今冒険しているんだ。かつて憧れた大冒険の入り口に今立っているんだ。


手を伸ばせばいつもより近く見える空、全身に伝う大地の感触。地平線を埋め尽くすのは針の森、そして“迫り来る無数の足音”。

自分がダンジョンの真っ只中にいることを再度実感し、僕は気を引き締める。



「さて、また集まって来たな……」



ーーもはや足音を隠す気もない無数の獣達が続々と僕のもとへにじり寄って来ている。



「もう傷も癒えた。魔力保有量も問題ない。身体はまだ少しだけだるいけど大丈夫……戦える!」



敵の出方を見るまでもない。こちらがやることは一つ。


ーー見えた敵から順番に容赦なく仕止しとめる!



「雷撃!」



焼け野原の中心に立つ僕。

半径およそ五十メートルはあろう空間、そこへ入り込んで来たモンスターを雷撃で瞬殺する。


その場所は再び絶好の狩場と化した。


次から次へと現れるコボルトの群れに雷撃を放ち、魔力を回収してゆく。



「雷撃………………雷撃!」



雷撃の連発にもかなり慣れて来た。

一つの雷撃が約十秒間発現した後、わずか五秒ほどのクールタイムをもって再発動出来るようになっている。


倒す順番さえ間違えなければ突然詰め寄られるということもない。


僕はこのまましばらく動かずに経験値稼ぎをしようかとも思っていたがーーそう上手くはいかない。


相当数のハイコボルト、そして“オーク”の群れが四方八方から出現する。

オークはコボルトより生命力が高い。


ーーまだ不確定要素が強い相手だ。雷撃を当ててみたい気持ちもあるけど……



「でも流石に全方位からこの数は流石にやばい、ちょっと調子に乗り過ぎたな……!」



そこらじゅうに落ちている素材の山は口惜くちおしいがここは全力で引こう。


ーーいくら雷撃を連発出来るようになってきたとはいえ、全方向を相手取るのは性質上かなり厳しい。



「ここで停滞するのはまずいだろうな。よし、まずはそこに……雷撃!」



僕は一発の雷撃を皮切りに比較的コボルトの分布の層が薄いところへ詰め寄る。


基礎能力が向上しているおかげで、集中力の維持が走りながらでも出来るようになってきた。



「雷撃………………雷撃っ!」



追加で二発の雷撃をお見舞いし突破口を開く。


さっきよりもさらに足が速くなったことを実感しつつーー無事に焼け野原を離脱。


その間も敵と遭遇すれば雷撃を使って切り抜けた。


ーーでも流石に連発し過ぎると、魔力自体は回収出来ていても精神的な疲れが出るな。


僕は一旦岩影に隠れて敵をやり過ごすことにした。


ーー身をかがめて深呼吸をひとつ。



「静かだな……」



ーーふと、持ってきた槍を見てとある事実に気付く。



「そういえばこの槍って、あの時助けてもらった冒険者パーティの……」



黒い甲冑かっちゅうの槍使いが持っていた槍に似ている。


ーー彼らに、メリー達に何かあったのだろうか……

僕もこれ以上調子に乗ってヘマしないようにしないと。



「今回はこの辺にして屋敷に戻ろう……冒険者ギルドに素材を持っていったらいくらになるか楽しみだな」



ーーまだ試し撃ちだけの予定だったから、冒険者登録も済んでいないんだけどね。



「冒険者でもないのに突然これだけの素材を持っていったら不正でも疑われそうだなぁ」



そんな嫌な予感だけを残して今回の冒険に幕が下りる。


ーーはずだった。

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