第14話 テールエイプの罠

==針林ダンジョン・六合目==



以前の僕は手の平に収まるほどの火球しか出せなかった。

しかし、今は身の丈に迫るほどの大きさだ。



「いける……! やっぱり着実に強くなってる!」



基礎能力の向上は体力面で強く実感していたが、やはり魔力面にこそ大きく現れていたようだ。


僕が放った炎撃が直撃した針の木は吹き飛び、周りの木々も豪火に晒され焼け落ちてゆく。


ーーただ、テールエイプ達は器用に回避。


変わらぬ調子で木々の間を跳び回り、挑発しながら逃走を続ける。

僕も負けじと炎撃を連射。



「【空気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々たる火の神よ、ここに炎の一撃をもたらせ、【炎撃えんげき】」



全力で走りながら、かつ集中力を研ぎ澄ました状態を保つ。


大気に残る高温の熱風が心と身体を熱くする。

それでも集中しきった意識に影響は無い。



「もう一度! 【空気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々たる火の神よ、ここに炎の一撃をもたらせ、【炎撃えんげき】」



その威力を活かしてエイプ達の進行方向を塞いでいく。


奴らもここまでの連射は想定外だったのだろう。

挑発を続けていた最後尾の一匹をかすめた火球が先陣のもう一匹に命中した。


炎撃の直撃を受けたテールエイプは片足と尾を失い地に落ちた。

それと同時に、持っていた魔導書を落とす。


ーーどうやら魔導書は無事みたいだ! すぐに回収を!


すかさず最後尾についていた一匹がそれを拾い直そうとしているが、奴も先の炎撃で半身に火傷を追い瀕死の様子。


僕はさらに炎の追撃をかける。



「たたみ掛ける! 【空気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々たる火の神よ、ここに炎の一撃をもたらせ、【炎撃えんげき】」



起動力を失ったテールエイプはそれを避けきれず爆散。

残った最後の一匹は血相を変えて逃げていく。


ーーやった! あと一匹!



「よし……散々こけにしてくれたからな、絶対に逃さないぞ!」



まず魔導書を拾い、“本命”の魔法を撃つために追走しながら集中力を高める。

手足の切り傷が割とキツくなってきたがまだ体力には余裕がある。回復している余裕はなさそうだ。



「ーーーーッ」



必死の形相で逃げるテールエイプ、時折甲高い叫び声を上げながら右へ左へ撹乱かくらんしながら木から木へつたっていく。



「敵ながら本当にすばしっこいな……こいつ!」



僕は針の木々とテールエイプ、そして魔法の詠唱に対する集中力をさらに高め目を凝らす。



「僕の剣、返してもらうぞ!」



必死に狙った、あまりにも必死に狙っていた。

だから僕は全く気づいていなかった。


ーー気づけば敵に釘付けにされていたということに。


次の瞬間、薄暗かった景色が突然明るくなった。

僕は驚いて目を閉じ足を止める。



「うわっ……なんだ? まさか森を抜けたのか?」



もしわダンジョンを大陸中央側まで横断してしまった。

ーーと思ったがそういうわけでもないようだ。


そこは明らかに何者かの手によって木々がぎ倒された跡だった。




「僕がさっき焼け野原を作ってしまったみたいに、他の冒険者がやったのだろうか……」



ただ、それにしてはずっと先まで一直線に続いている。

まるで“巨大な何か”がここを通った跡みたいだ。



「……って、テールエイプは⁉︎」



突然の出来事に意表を突かれテールエイプを一瞬見失う。

見回せばすぐ近くの小さな洞窟どうくつに入っていったではないか。


ーーくそっ……洞窟か。


何が待ってるかも分からないところに飛び込むほど僕も馬鹿じゃない。

それに雷撃も洞窟の中では流石に使えないだろう。



「さて、どうするべきか」



すぐに答えを出せずにいたその時ーー大地が不規則に何度も揺れ動いた。


そして、“それ”は木々を薙ぎ倒しながらこちらへ向かって来た。

“それ”はテールエイプと同じ白い体毛に長い尾と手足をしている。


ーーしかし、“それ”は針の木を見下ろすほど大きな身体をしていた。



「あれは…………確かキングエイプ。なるほど、僕はまんまと誘い込まれたってわけだ」



体調約五メートルの怪物。

もはや猿と呼ぶべきか悩ましく、その証明外見は白塗りしたゴリラか白熊の方が近いだろう。


テールエイプたちの親玉、要するにボス猿である。



「ーーーーッ」



キングエイプは僕を視界にとらえると大きな咆哮ほうこうを上げ、駆け寄って来る。

その足が地面に着くたび振動を起こす。


とんでもない迫力だがーー



「そんだけデカい図体じゃ、やっぱり足は遅い!」



巨躯きょくである割には速くも思える速度でこちらへ向かって来るキングエイプ。


しかしーー僕にとっては狙いやすいまとだ。



「ちょうど撃ちたくてウズウズしてたんだ! いくぞっ……雷撃!」



巨大モンスターといえど、雷撃の効果範囲はそれ以上。

特に上方向は雲を突き抜けるほど。


ーー避けられるわけがない。


やむなく雷撃の直撃を受けるキングエイプ。


約十秒の間、赤黒い地獄の雷に晒され続けたその肉体はーー未だ健在だった。



「んなっ……雷撃を耐えた!」



ーーまさか雷撃の直撃に耐えるモンスターがいるなんて。


確かに、キングエイプの体表は針の木をものともしていない。

つまり“鉄以上の硬さ”ということだ。


しかしながら、雷撃を耐えたキングエイプも全くの無傷というわけじゃない。

白い体毛は焼け焦げ、ところどころ黒い皮膚が露出している。



「何度も当てればきっと倒せる。面白い……我慢比べだ!」


「ーーーーッ」



全身から煙を上げながらキングエイプは再びこちらに向かって突進を開始。

その咆哮が風圧となって襲い来る。


約五秒間のクールタイムをもって魔力と集中力を安定させたのち、僕も再び雷撃を放つ。



「雷撃!」


「ーーーーッ」



キングエイプの突進は凄まじい勢いだが、それでも雷撃の魔法陣から出ることは叶わない。

奴は二度目の直撃を受ける。


そしてーーその身体は確かなダメージを受け、ひざまずいた。

もう咆哮を上げる力も残ってはいない。



「よしっ! もう一発! 次で最後だ!」



とどめの一撃に移ろうとしたその時ーー瀕死のキングエイプは大地に手を思い切り叩きつけ、激しい地響きを発生させた。


まるで大きな赤ん坊が癇癪かんしゃくを起こしたようにジタバタと辺り一帯に大きな騒音を撒き散らす。


あまりのやかましさに僕は槍を地に突き立てて支えにした。


そしてとどめを刺すことなくキングエイプがこと切れる。

その魔力が僕に注がれ、思わぬ形で幕引きとなった。


が、しかしーー



「まぁ…………ただでは返してくれないわけだ」



さらに二体のキングエイプが姿を現したのだった。

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