第6話 空色の髪の乙女 メリー

==ヴァルトール帝国・南方・草原地帯==



「大丈夫?」


「あ…………ありがとう」



差し伸べられた彼女の手を取る。

しばらく一人の世界に浸っていたこともあって動揺を隠せない。

美少女に声をかけられたから動揺しているわけでは断じて無い。


ーーこの子は彼らの付き添いで来ている見習いだろうか。



「メリー」


「えっ……?」


「メリー・ロゼット、名前」


「ああ……ありがとうメリー。僕はニア、ニア…………グレイスだ、助かったよ」



グレイスは母の旧姓。

冒険としてやっていく上でヴァルトールの名を出すわけにはいかない。


聖女フリージア・グレイスの名もある程度通ってはいるが、皇帝妃フリージア・ヴァルトールの方で呼ぶように皆心掛けている。

それが注文の多い皇帝の出したお触れの一つでもあった。



「ニア」


「うん」


「ニア」


「う……うん」


「ニア、覚えた」



なんだか独特な空気感を持った子だ。


まだ幼さの残る顔立ち、雪のような白い肌。

空色の長い髪を後ろで一つに結んでおり、控えめにいって美少女の一言に尽きる。


身長も年齢もきっと僕とそう変わらない。

けれど、決定的に違うところがあった。



「よいしょ」


「うわっ……!」



彼女はいとも簡単に僕の身体を引き上げて抱き止める。

差し伸べられた手の力は予想以上。


ーーつまり彼女も見習いではない。一人前の冒険者だということだ。


この細い身体のどこにこんな力が眠っているんだろうか。と疑問は絶えなかったがそれどころではない。


美少女の顔がすぐ目の前、息がかかるほどの近さにあった。


僕は動揺を隠せないまま急いで距離を取る。

こちらとは対照的に全く表情を変えない少女は僕の手を離さず言った。



「ニアの手……すごく綺麗」



彼女はそう言って、掴んでいる僕の手をスリスリとさすり始める。



「な……んななな!」



ーーこここ……この子は一体何を?


突然の出来事にさらなる動揺を隠せない。

顔が熱い、顔どころか全身の体温が上がってきた。


もしかすると、今なら豪炎撃の魔法も使えるかもしれない。

なんてふざけた考えで恥ずかしさをなんとか誤魔化す。


ーー落ち着け……落ち着くんだニア。


妹以外の年頃の女性を見ること自体まれだったし、手を握られた経験なんてない。それが落ち着いていられようか。


ーーそんな僕の心の葛藤をよそに、少女は予想外の言葉を僕に向ける。



「すごく綺麗で繊細せんさい……育ちの良い貴族の手。私も弱い人は戦わない方がいいと思う。危ないから……」



彼女の言っていることが理解出来ず、一瞬時間が止まる。

そして手が離れ、目線が離れ、彼女はそれだけ言うと去って行った。


言われた言葉の意味が上手く飲み込めず身体が総毛立そうけだつ。しばらくして言葉の意味に気付かされた。


ーーああ、僕は弱い。少なくとも今は。


そんなことは分かってる。

だからこそ僕はこの先へ進まなくちゃいけない。


言い知れぬ悔しさをこじらせつつ、僕は彼女の後ろ姿に頭を下げる。

見れば彼らは総勢六名の冒険者パーティだった。

魔法使い、双剣士、弓兵、槍使い、僧侶、剣士。

見るからに洗練されたバランスの良いパーティだ。


ーー彼らも針林ダンジョンの奥へ向かう途中だろう。明らかに周りとはレベルが違う。



「きっと追いつく……! すぐに追いついてやる!」



見返したい相手が増えていく。

人生に張り合いがあるのは悪い事じゃない。


ーー僕は気を取り直してダンジョンへ向かう。





==針林ダンジョン・入口==



大自然に囲まれた針林ダンジョンの入り口は明確に区分けがされている訳ではない。


金属のような硬さの“針葉樹林”と“獣型のモンスター”が次第に姿を見せ始めるーーそこがダンジョンの入り口だ。


この辺りではまだ比較的見晴らしの良い小高い丘に足をかける。

まだ近くにモンスターは居ないが、鬱蒼うっそうと生い茂る針の木々が“その時”をしらせている。



「もうすぐ…………ダンジョンだ」



ーーつまり、ここから先はいつ危険が迫って来てもおかしくない。


僕は生唾を飲み込み、拳を固く締めて恐怖を握り潰す。


改めて装備を一つ一つ確認した。

準備は万端、深呼吸して心を落ち着かせる。


リラックスしたらなんだかお腹が空いてきた。

我ながら危機感の無い胃袋さんめ。



「ちょうどいい、今のうちに少し休憩しておこう」



座るのに程良い岩に腰掛け、非常食を入れた包みを開く。

表面が固く焼き上げられているパンを一つ手に取り口へ運ぶ。


歯切れの悪いパンだが、空気の冷め切った家の中で食べる食事より幾分もマシだ。



「外で食べるといつもより美味しく感じる……か」



まだ小さい頃、妹のリアがそう言っていたのを思い出す。

次女のシアもあの時は無邪気に笑っていたな。



「二人とも元気でやっているだろうか……」



ーー二人に使命を押し付けた僕が言えた事じゃない……か。


それに、最後に見た二人の顔は正直思い出したくもない。


懺悔ざんげと後悔に痛んだ心をまぎらすため僕は空を見上げた。

今までのこと、今日のこと、色々思い返して僕は決意を新たにする。


ふとまばたきを一つ、燦然さんぜんと輝く太陽がちょうど真上にあるのが見えた。

このまま空を見ていたらそのうち嫌なことも忘れて、あっという間に時間が過ぎていってしまいそうだ。



「さて……そろそろ行かないと、帰る頃には本当に日が暮れちゃうな」



僕は鞄を背負い、再び歩き出した。

刺々しい木々が生い茂る地、通称針林ダンジョンへと遂に足を踏み入れたのである。

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