第133話 離間の計 Ⅰ

 「馬超殿、あなたの父上が曹操に殺されたというのはまことか!?」


 馬騰死去の一報を受けて戦支度をする馬超を訪問したのは韓遂かんすいという男。

涼州において馬超に次ぐ勢力を誇っている彼は事実を確認しに来たものである。


 「これは韓遂殿。父上は間違いなく曹操に殺されました。この状況で静かにしていられるでしょうか」


 ただ、韓遂は冷静に考える。

あの曹操が臣従してきた馬騰を殺すのだろうか?と。


 (むしろ曹操は共に戦ってくれることを望んでいたのではないか。それが不運にも許昌で亡くなり、誤解を招いていると思うのだが・・・)


 そのように思った韓遂は馬超に冷静に考え直すよう伝えた。

しかし、血気盛んな馬超はそれに応じず、


 「韓遂殿が一緒に戦ってくれぬのなら、私一人で戦うまで!」


 と益々昂りながら陣所を出ていき、自ら先頭に立って軍勢を進めだした。


 (やれやれ、馬超殿はもう止められぬ。ただ、亡き馬騰殿とは親交があった。そのご子息であるから、見捨てるわけにもいくまい・・・)


 韓遂も曹操の実力を知っている。

曹操軍は武勇に優れた武将も多いが、何より知略にすぐれた武将が多い。


 だからこそ、罠にかかりやすい血気盛んな馬超を自分が守る必要があると考えた。


 こうして韓遂は馬超の後を追うように出撃し、その後渭水の地で合流。

その地を流れる河川、渭水いすいを挟んで曹操軍と対峙した。


 馬超は今すぐにでも対岸の曹操陣営に攻め込みたかったが、韓遂が引き止める。


 「今、渭水は近ごろの雨で増水しています。この状況で渡河を試みれば、敵陣地に着く前に死者が出るでしょう」

 「ここのところ二日間は晴れておりますので、次第に水位が落ち着くのは明白。それを待って決戦を挑むべきです」


 馬超は戦いたかったが、韓遂の言うことが正しいと考えた。よって決戦は翌日に持ち越されたが、この判断が戦局を決めることになった。


 

 「荀攸よ、陣地建設は順調か」


 曹操は渭水増水の間に陣地の要塞化を進めていた。

それを任された荀攸は自信満々に、


 「はい。今夜いっぱいあれば、完成するでしょう」


 と答えた。


 しかし、重臣の杜畿ときが不安を口にする。


 「馬超は血気盛んな武将です。今日のうちに攻めてくることもあり得ましょう」


 ただ、それを完全に否定したのは曹丕の側近として出世していた司馬懿であり、


 「いや、馬超は攻めてこないでしょう。彼がもし攻めようとしても韓遂が止めると思います」


 と曹操に進言した。


 曹操は司馬懿の助言に一理ありと考え、


 「建設担当の者は今夜までの完成に励み、兵士は今のうちに英気を養うのだ。明日に大きな戦が待っている」


 と決断し配下に休息をとるように命じた。



 実際に馬超が攻め込むことはなく、一夜明けた。


 すると、馬超陣営から陣太鼓が鳴り響き、穏やかになった渭水を渡って馬超が押し出てきた。


 「馬超、ついに来たか。よし、算段通り要塞から一歩も出るな。いかなる挑発にも乗るべからず!」


 曹操の厳命はしかと守られ、曹操軍は要塞から出ず、弓矢で応戦した。

川を渡る馬超軍におびただしい数の矢が降り注ぐ。


 馬超軍は川を渡るだけで多大な損害を被った。

さらに川を渡り終えてからも柵や空堀が彼らの前に立ちはだかる。


 この鉄壁の守りを前に馬超韓遂の連合軍は壊滅し、韓遂は馬超に撤退を進言した。

しかし、馬超は応じるどころか・・・


 「進軍を遅らせるように説いたのはどこのどなたであったか。そこは責任を取って進み続けるのが筋というものであろう!」


 と先輩の韓遂を怒鳴りつけた。


 ただ、これ以上配下を死なせたくない韓遂は自らの手勢を退かせたものである。

馬超もこれで諦めるかと思いきや、


 「こうなったら私一人で曹操の首を取って見せる!」


 と益々闘志を燃やして単騎で進み、鉄壁の守りを剝がしていってしまった。


 「なに、馬超が目前まで来ているとな!?」


 報告を聞いた曹操は額に汗をかいたが、その横である男がスッと立ち上がる。


 「この許褚きょちょが丞相様をお守り致します」


 曹操を護衛する彼が馬に乗った。

それと時を同じくして曹操の眼前に馬超が現れ、


 「曹操め、よくも我が父上を殺したな。その報いを受けるがいいっ」


 と大声で吠えると曹操に向かって突進。


 「そうかそうか。もし丞相様を殺したいのならこの許褚を殺してから吠えるがいいっ!」


 馬超と許褚は曹操の眼前で十数合も打ち合った。

はじめは互角といったところであったが、経験豊富な許褚はわざと馬超を左右に動かすように打ち合ったため、次第に馬超が乗る馬の体力が消耗していき、


 「くっ、曹操を討ち果たせぬとは無念なり。次の機会を待つとしようっ!」


 馬の動きが鈍くなったのを受けて馬超は退散していった。

曹操軍は背を向ける彼に向かって猛烈な弓矢攻撃を仕掛け矢傷を負わせたが、逃げられてしまった。


 だが、曹操は馬超を逃すべきではないと考えて、軍勢を三つに分け徹底的に追撃した。

 馬超は配下とも散り散りになり彷徨っていたが、追手はすぐ近くまで迫っている。


 馬超の命運尽きたか。

しかし、そこにフラッとある男が現れて、状況が変わるのであった。



 ※人物紹介


 ・杜畿:魏の重臣、司馬懿と不仲であったが、孫の杜預とよは司馬炎の晋建国の功労者となる。

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