第132話 風魯、旅に出る Ⅲ

 益州の地形は険しい。


 屏風のように切り立った断崖が折り重なって山岳を成し、尾根に挟まれた谷間には雨水がにわかに集まり沢となる。

 そして勢い良く斜面を下る中で複数の水流が海を夢見て糾合し河川を形成。

それらは山岳にまとわりつくように流れて遥か彼方の海へと旅立っていくのだ。


 巴蜀は揚子江(長江)の生みの親であり、滴は益州の険しい山河を越えて多くの仲間に出会い、穏やかに大海を目指す。


 確かに益州の山河は険しいが、水の物語を作るには欠かせぬ場所であり、そう考えながら眺めると感謝の念さえ覚えてくるものだろう。


 山間部の間道を歩く風魯もまた、様々な思いを胸に険しい峠道を越えていた。


 (険しい地形だけど、ここから揚子江が始まるって考えると感慨深いなぁ)


 (以前はまったく考えもしなかったけど、今こうして激動の場所から離れて静かに大自然の中にいると思う。三国志の戦乱は後世で美談になっているけど、実際は休む間もなく戦争して、殺し合いで、いかに平和が大事か)


 ゆったりとして壮大な自然の中で、戦乱のない世の素晴らしさに気づく風魯。


 (俺が来てから27年か。その間ずっと戦乱だし、あと何年続くのかなぁ)


 風魯は知らないし知ることもできないが、三国志は黄巾の乱から次の統一王朝誕生までの96年間続くのである(つまりあと69年間)。


 日本の戦国時代も関ケ原合戦の徳川家康による統一まで100年ほどかかっていることから、大戦乱を終わらせるのがどれだけ大変か、わかるだろう。



 「あ、ここが成都かな」


 風魯は山間の道を進んでいき、成都を見下ろす山の上に着いた。

益州の中心都市であるここは盆地の中に町が広がっており、建物の数からなかなかの賑わいであることが遠目からも分かる。


 (んー、でも市街地は荊州でも見ているし、もっと自然を楽しみたいかな)


 風魯は許靖からもらった地図を広げる。

風魯の目に入ったのは漢中の先、地図の北端にある”至涼州”である。


 (成都から北に行くと漢中で、さらにその北が涼州か。まだ行ったことないし、行ってみるか)


 風魯は進路を北へ変え、西涼を目指した。


 そのころ、その西涼の首長である馬騰は曹操に呼び出され・・・


 「丞相様はこの馬騰に配下になれ、と申されるのか」


 臣従を要求した曹操に馬騰は不快感を露わにしていた。


 「そういうことだ。我々は鄧艾の貢献により涼州の土地を潤わせた。よって、民もこの私を君主として迎えることだろう」


 「まぁ今すぐに決めろとは言っていない。涼州に戻って仲間と相談して決めるがよい。ただ、断るということなら戦うまでだ」


 曹操の要求を脳裏に反すうさせながら馬騰は涼州に帰国。

馬騰は曹操の力を分かっているので、不本意ながら従うしか道はないと考えていた。


 また、要求をした曹操も馬騰は最終的に臣従すると踏んで強気に出たものである。


 「なぁ馬超。わしは曹操に従おうと思う」


 馬騰は息子の馬超に決断を伝えた。

決断する前に相談をするという手もあったが、若い馬超は血気盛んであり抗戦を主張する以外にないだろうと踏んで敢えて相談しなかったものである。


 父親の苦渋の決断に馬超も言いたいことを押し込んで口の中でかみ砕いた。


 こうして、馬騰は再び許昌に赴き、曹操に臣従の意を伝えることに。

しかし、苦渋の決断に心労が溜まったからか、許昌の屋敷で病死してしまった。


 ただ、この病死のタイミングが最悪であり、曹操の使者により西涼で父の突然の死を聞かされた馬超は・・・


 「なに、父上が許昌で亡くなった!?そこで病死なんてそんな偶然あるものか。臣従してきた我々を見くびって斬るなど、言語道断っ!!」


 父上が曹操に斬られた、と激しく憤慨し、曹操からの使者を斬りつけて追い払い、戦の支度を始めた。


 馬超が戦の支度をしていると聞いた曹操は、


 「残念だが、彼は我々の釈明に耳を貸さないだろう。戦うしかあるまい」


 と、こちらも軍勢を集めた。


 風魯が涼州に入ったのはちょうどそのころであり、


 (なんか、この辺はバタバタして騒がしいなぁ)


 と騒がしさに気づきながらも、特に気にすることもなく西涼の平原を満喫している風魯なのであった。

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