第130話 風魯、旅に出る Ⅰ
風魯は旅に出た。
だが、とにかく荊州から離れたいだけで目的地を考えていなかったので、
(どこに行こうかなぁ)
と分かれ道の所で迷っていた。
左に行くと益州や涼州。右に行くと揚州や豫州に向かう道となる。
と、そこで風魯は片手に持っていた書き途中の自作三国史書を開いて、
(どこかまだ踏み入れたことのない場所に行こう)
そんな風に思いながら、読み進めて過去の記憶を巡らせる。
(益州と涼州に行ったことがないや。左に行こう)
風魯は自らの史書に多くの人物を載せるためにも、と思い巴蜀へと向かった。
「聞いたか、風魯大将軍が身をくらましたってさ」
「ああ。曹操と孫権、そのどちらかに奔ったってもっぱらの噂だぞ」
荊州襄陽では、風魯が劉備を裏切ったとの噂が広まっていた。
一切行先を書かぬまま消えたので仕方ないことだが、この噂は荊州に留まらず・・・
「なに、風魯が劉備から離反したと。これは孫権に奔ったに違いない」
許昌の曹操は斥候からその話を聞いて、考え込む。
(孫権討伐を計画して先鋒隊を揚州手前の
風魯が想定外の事態を引き起こすことがよくあることから、曹操は先鋒に進軍停止を命じた。
一方の建業では、孫権が陸遜の献策により濡須の先に伏兵を隠していたのだが・・・
「なに、風魯が劉備から離反したと。これは曹操に奔ったに違いない」
と曹操軍に対する警戒心を強め、
(伏兵作戦は完璧なはずだが、敵に風魯がいるなら何が起きるかわからない。ここは伏兵を退かせて睨み合いに持ち込むべきだろう)
と判断し伏兵を退かせた上で主力の軍勢を派遣しながらも孫呉側からは仕掛けず、曹操軍も進軍しないため、膠着状態に陥った。
だが、お互い相手に風魯がいると考えれば、この一触即発の状況を続けたくはなかった。
ある日、曹操軍が許昌からの命令により軍を退かせると、孫権も胸を撫で下ろして撤退させた。
次に、曹操が考えたのは、荊州襲撃である。
風魯が去った今、予想外の事態は起こらないだろうと踏んだ。
この考えは孫権も同じでこちらもまた荊州討伐の準備を進めたが、お互いに相手が荊州討伐に向けて動いていると聞くと足がすくんでしまった。
(ええい、風魯のいる孫権軍と鉢合わせるのが御免じゃ!)
(無念だが風魯のいる曹操軍とはなるべく関わりたくないわい)
結局、お互いに出陣もできず、平穏な時が流れることになった。
風魯の存在たるや、恐るべしなのである―
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