第128話 鳳雛の予見 Ⅰ

 周瑜亡き後、呉が混乱するとの予想もあったが、魯粛が混乱を早急に収めて孫呉を安定させていた。


 そんな中、建業では孫権とある男が会っていた。


「なに、阿斗を取り逃がしたと?私が絶対に奪ってやると豪語していたではないか」


 単身で帰国した龐統に孫権はすこぶる不機嫌である。


 孫権は孔明と並び称される龐統が自信満々に申し出たので、てっきり阿斗を連れて帰ってくるものだと思っていたようだ。


 「申し訳ありません、邪魔が入りまして・・・」


 「誰だ、おぬしの邪魔をした奴は」


 「風魯大将軍です」


 「はぁー・・・」


 風魯の名に孫権は深いため息をついてしまう。

呉にとって恩人のような悪人のようなその名を聞いて何も言えなかった。


 「確かに風魯という男は時折孔明よりも遥かに恐ろしい男になる」

 「・・・ただ、あれほど豪語していて奪えなかったおぬしの責任であることに間違いはない」


 「龐統を県令に任ずる。もし、また大舞台で活躍したいと思うのなら這い上がってくるがいい」


 孫権はその責任を取らせて龐統を地方の県令に左遷した。


 しかし、龐統はその職についたものの、県令の仕事をせずに朝から晩まで酒を飲んで酔っ払い、県の役所をふらつきながら歩いては役人に絡む有様。


 彼は左遷された途端に働く意欲を失ってしまったようだ。


 当然、役所の仕事は滞り、県令が処理すべき書類が山積みになっても龐統はそれには目もくれず毎日朝から晩まで酔いつぶれていた。


 これでは県令を任せられない、と孫権は判断し龐統を罷免。

さらに江南の地からも追い出した。


 龐統は馬に乗って西方を目指しながら夜空を眺める。


 「孫権の奴はわかってねぇなぁ。俺には軍師が似合うし、それ以外の仕事は御免だ」


 そんなことを呟きながら彼は荊州に入っていくのである。



 「劉備様、仕官したいという者が来ています」


 側近簡雍からの知らせに劉備は孔明の言葉を思い出し、


 「もしや、名前を龐統と名乗る男ではないか!?」


 と尋ねると簡雍はなんで知っているのか、と驚いたような顔で頷く。


 「分かった。いますぐに会いに行く」


 劉備は処理途中の書類を置いて支度をし、応接の間に入る。

すると、龐統は既にいて頭を下げていたがその身なりは仕官を望むような服装ではなかった。


 ボロボロとまではいかないが、地方の役人が普段身に着けている程度のものであり、正装には程遠い。


 だが、劉備はそんなことで追い返すような男ではないし、彼が孔明と並び称される男なら、なおさらだ。


 「あなたは、かの水鏡先生が並び称した臥龍と鳳雛の鳳雛・・・龐統殿で間違いないか」


 「はい。近頃まで江南にて県令をやっておりました、龐統と申します」


 龐統がそう答えると、劉備は驚き聞き返す。


 「なに、そなたのような策士に孫権は県令をやらせていたのか!?」


 「はい。ただ、その仕事は私には簡単すぎて却って意欲が湧かず、仕事を放置していたところ追放された次第」


 劉備は龐統が仕官をしに来てくれたことが嬉しく、また同時にこのような人材を県令に据える孫権を憎んだ。


 ただ、その龐統が阿斗を連れ去ろうとしたのも確かなので、劉備は問いただす。


 「そなたが阿斗を連れ去ろうとしたと聞くが、それについてはどう思っている?」


 これに龐統は目に涙を浮かべながら答える。


 「これは孫権からの命令でございました。私としてもそのような行為をしたくはなかったのですが、上からの命令に逆らえず・・・ううっ」


 龐統の名演技に劉備も騙されて心を動かされた。

劉備は龐統をなだめながら、こう伝える。


 「わしはそなたの名前を随分と前から存じて、水鏡先生も臥龍と鳳雛のどちらかを手に入れれば天下を手中にできるとおっしゃられていた。だが、今まさにこうしてその両方が手に入るとは考えもしなかった」

 「そなたには軍師として軍勢を導いていく姿が一番似合う。これからはわしの軍師として共に天下泰平を目指そうではないか」


 これに龐統も頷き、


 「この龐統、劉備様のためなら死地にも赴き、その死地から軍を生還させて見せましょう」


 と応えた。


 こうして、劉備軍に龐統が加わり軍師には諸葛亮と龐統、武将には関羽や張飛に趙雲、黄忠、魏延・・・などなど、その陣容は曹操軍や孫権軍になんら劣らないものとなっていた。


 おっといけない、この男のことを忘れていた。


 今日もあくびをしながら襄陽の郊外を散策する風魯である。


 「あーあ、なんか暇だなぁ」


 そう呟きながら城下をふらつく風魯だが、四六時中外にいるのではなく屋敷にいる時には自身が経験したことなどを書にまとめていた。


 黄巾の乱が始まってからの様々な事象を見て、体験してきた風魯は何か本にして自身の経験を残しておきたいと考えたものである。


 風魯は”もう53歳でいい年だしそろそろ引退かなぁ”と思っているようだが、まだ世の中の流れは隠居をさせないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る