第127話 周瑜、憤死 Ⅲ
荊州江夏にて軍を進めていた周瑜。
「な、、なっ、あれは・・・!」
丘の先から来る大軍を見て言葉を失う。
眼前に広がる緩やかな丘が砂塵に覆われて、曹操軍らしき旗を持った騎兵たちがその丘陵を今まさに越えようとしている。
「くっ!孔明のやつ、どうやって曹操を丸め込んだ!?」
目の前を駆けていく騎兵は見るからに曹操軍の精鋭部隊である
彼らは曹操の親衛隊でもあるため、周瑜は曹操自身が出陣しているのだと考えた。
(曹操自らの出陣・・・ということはまだ他にも部隊がいる・・・)
周瑜がそう推測したその時、周囲の山々から陣太鼓の威圧的な音が聞こえだす。
「曹操め、孔明の奴と結託して呉を叩く気か・・・! ぐはっっ」
周瑜が腹に怒りを抱えた途端、口から吐血し落馬。
「周瑜都督!大丈夫ですか!?」
近くにいた魯粛が地面でうなだれる周瑜に声を掛ける。
すると周瑜は、か弱い声でフッと笑い、魯粛に伝える。
「急ぎ軍をまとめて建業へ戻り陣容を固めよ・・・」
そして周瑜は晴れ渡る空を見ながら一言。
「魯粛、後を託した・・・」
「・・・っ!」
魯粛は「大丈夫ですから気持ちをしかと持って!」と言いたかったが、眼前に横たわる周瑜の顔色は悪く、死に限りなく近いということが分かったため、言えなかった。
その代わり彼は覚悟を決めて伝える。
「分かりました、後はお任せください。周瑜都督の遺志を継ぎ、必ずや呉を守り抜きます!」
すると、これを聞き終えた周瑜は僅かに開いていた目を閉じた。
周瑜、死去。享年36
あまりに若い最期であった。
その後、魯粛は軍をまとめて建業に戻った。
だが、曹操軍が追撃してくる様子もないので、斥候を偵察に向かわせた。
すると・・・
「魯粛様!あの曹操軍と思われた騎兵は・・・実は牛の角に人形をくくり付けただけでございました!!」
「な、今なんと・・・」
魯粛は絶句する。
あの風景は魯粛からしても曹操軍の進軍に見えたからだ。
「はい、今報告した通りです!劉備側が牛を縄で繋ぎ、その上に兵士に見える人形を付けて旗もくくりつけて丘の向こうから走らせた模様!」
「また、最後に聞こえた鼓舞の音は劉備軍の将兵が陣太鼓を総出で叩いていたようです!」
報告を受けても魯粛は言葉を発さない。
あまりの衝撃。そして、そのような策で周瑜は持病を悪化させてしまったのかと。
「孔明がやったのか・・・」
魯粛はそう呟いたが近くにいた陸遜がある女人の名前を口にした。
「孔明に新たな道具を生み出す才能はないと聞く。牛を繋いで人形とは、黄月英の仕業では・・・」
そう、この策には孔明の妻、黄月英が関わっていた。
孔明は風魯に導かれて黄月英のいる屋敷に戻って窮状を伝えた。
すると、黄月英は「使えそうな道具がある」と言って奥に入っていき、牛を繋ぐ縄と人形を持ってきた。
「これらに曹操軍の旗を模したものを加えれば敵は曹操襲来を勘違いするでしょう」
ただ、黄月英は課題も伝える。
「しかし人形が少ないので大軍を示すのは難しいかも・・・」
だが、ここで孔明は用途を閃く。
丘の向こうから上がってくるように進ませれば前列にだけ人形を付けておけば問題ない、と。
相手ははじめ前列しか見えないため、後は続けて陣太鼓を鳴らせば撃退できる、と考えたのだ。
「ありがとう!これで相手を撃退できそうだ」
「あら、お役に立てて何よりです」
こうして劉備軍は呉軍を撃退し、また呉に走った将兵もその多くが敗走時に離脱して帰参した。
彼らは呉に走ったものの優遇はおろか余所者として酷い扱いを受けていたらしい。
「呉の対応にはまいった。やはり劉備様が一番だった」
「ああ。一回見限ったわしらを再び迎えてくれるなんてありがてぇ」
「これからは荊州を呉に取られぬよう劉備様と共に戦うぞ!」
結果として荊州はより一層団結することになったが、孔明の目標は変わらない。
(荊州では呉と近すぎて身動きが取れない。やはり巴蜀を目指すべきだ)
改めてそう考えた孔明が巴蜀入りの好機を探っていると、斥候から一報が。
「周瑜都督が陣中にて亡くなったとのこと!」
この報告に孔明は、
「あら、それはとても大変な人を亡くしました」
と表向きには弔意を示しながらも内心は、
(これで呉は少なからず混乱する。巴蜀入りの好機だ・・・!)
と、策を巡らすのであった―
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