第125話 周瑜、憤死 Ⅰ

 「私はあなたに一生従います。策略に私を利用した兄など、許せませんし」


 孫尚香はそう言って劉備に笑いかける。


 荊州に着いた後の彼女は既に立派な、とても14歳とは思えないほど気丈に劉備の妻として振舞っていた。


 さらに劉備の嫡子、阿斗も生母ではない彼女を母と思って慕っている。


 「ねぇ阿斗、私に偽りの婚儀時間を告げて不在の間にあなたの父上を殺そうとしたひっどい奴はだぁれ?」


 「孫権」


 「正解!だから、阿斗も将来あの男のようなひどい奴に騙されないように気を付けるのよ」


 「はい!」


 彼女は実際より半刻(1時間)遅い偽りの婚儀の時間を伝えられて利用されたことを相当根に持っているらしく、阿斗にもすり込んでいるようだ。


 これには劉備も苦笑いであった。



 

 「まったく、やることなすこと上手くいかない」


 一方の建業。孫権は謀殺が失敗した上に妹を奪われ人質のような状況にされて、すこぶる不機嫌だった。


 「孫権様。周瑜都督から方策を記した書状が届いております」


 張昭が孫権にそう告げたが、


 「またか。きっとこれも失敗するのであろう」


 と孫権は相手にしない。


 ただ、その書状を先に拝読した張昭や顧雍などが成功を確信して一読を強く勧めたので、孫権も気が動いて読んでみたものである。


 「ふむ、、なるほど。孫尚香を取られたのなら奪い返せばいい、その方策か」


 「これは上手くいきそうな気がするな」


 孫権は周瑜の策を評価し、実行するように命じた。



 

 「劉備様、呉から孫瑜殿が使者としていらしてます」


 劉備の側近である簡雍かんようが呉の使者の来訪を告げると劉備は、


 「おお、重臣の孫瑜殿が来ているとは、何か重要な話があるに違いない」


 と、面会に向かったが、その途中で孔明が寄ってきて一言。


 「相手は孫夫人を取られて憤慨しており、奪い返しにくるでしょう。くれぐれもお気をつけて」


 劉備はそれを十分に心得て面会した。



 「劉備様。お会いできて嬉しく存じます」


 「こちらこそ。孫瑜殿自らいらして、何か重大なことでも?」


 「実は呉夫人が急病で危篤になられまして、、孫夫人にお伝えいただきたいのです・・・」


 孫瑜は涙目になりながら呉夫人の容態が極めて悪化していると伝えた。

これに情に弱い劉備は心を大きく動かされて、


 「それは大変なことだ。妻にはすぐに伝えておく」


 と孫瑜に伝え、


 「あなたも呉夫人との関係が多かろう。すぐに帰国して見舞うのがいい」


 彼を帰して、すぐさま孫尚香にそれを伝えた。


 彼女も孫権のことは嫌いだが母である呉夫人には愛情をかけられた良い思い出がある。

 危篤の話を聞くと気丈な彼女も涙を流して劉備に訴える。


 「どうか、建業への一時帰省を許してはもらえないでしょうか。母には大変な愛情をもって育てられました。もし、最期の時を迎えてしまうのなら、母の傍にいたいのです・・・」


 元来親孝行を重視する価値観の劉備は彼女の孝行に同情し、孔明の警告も忘れて彼女を呉へと向かわせてしまった。


 これに阿斗は慕っていた母が居ないので、寂しさを覚えて夜な夜な館を抜け出す事件が起こった。

 襄陽は周囲に城壁を巡らせているため、劉備の臣たちは城壁の内側を探したが見つからない。


 実は阿斗は城壁の近くまで来たときにある男に声を掛けられていた。


 「やあ、君は阿斗君かな?」


 「はい。城壁の外に出て母に会いたいのです」


 「分かった。じゃあ私と一緒に出ようじゃないか」


 ある男はそう言って阿斗を抱きかかえると、門のかんぬきを外してそのまま江南の方角へと連れ去ってしまった。


 その男、名前は龐統。臥龍と鳳雛と呼ばれながらも孔明に出し抜かれている彼は孔明への対抗心から呉に協力して阿斗をも連れ去って逆に人質にと目論んだ。


 しかし、この阿斗拉致事件はこの男によって防がれる。


 「ああ~、眠れないなぁ散歩にでも出るか。あれ、門が空いている。ちょうどいいや、外に歩きに行こう」


 龐統の後を追うように出てきた、風魯である―


 

 ※人物紹介


 ・簡雍:劉備の側近、若いころから付き添う劉備の話し相手だった。

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