第122話 焦る風魯、ダメもとで趙雲を笑わす Ⅲ

 (今夜は特に冷えるなぁ。風もあって底冷えだ・・・)


 襄陽を発った劉備一行は江南への道中、開けたところで野宿することになった。風魯は寒さに震えながら小枝を集めると火を起こして焚火をはじめた。


 (しかし小枝では火が弱いなぁ。紙とかがあるといいのだけど・・・)


 風魯は紙がないかと荷物を探ると三枚の紙が出てきたので、


 (ちょうどいいや。何の紙か忘れたけどそんなに重要なものではないよね)


 と安易な考えで焚火にくべて燃やしてしまった。


 その時は気づかなかったが寝袋に入って眠ろうか、というときに思い出す。


 (ま、まずい・・・!孔明殿から預かった大切な書状だった・・・!)


 風魯は焦る。この寒さなのに大量の汗をかく。それも冷や汗だ。


 (な、なんとかして誤魔化さないと・・・!)


 風魯は周りが寝ている間に孔明作の書状にそっくりな三通の書状を作った。

しかし、肝心の内容は封がされていたため知る由もなく、その中身は風魯が考えた。


 一、右隣の人を抱きかかえるべし


 二、とにかく大笑いすべし


 三、左の壁を叩くべし


 劉備を護衛する趙雲にこれらをやれ、ということだが意味は全くない。

後は自らの運に任せるしかなかった。



 その後・・・



 「おお、これは劉備様!お待ちしておりました」


 建業に着くと門のところで呉の重臣呂蒙のお出迎えがあり、そして彼に案内されて本殿へと入っていく。


 

 「なぁ張昭。この作戦は上手くいくだろうか」


 劉備の一行を楼閣の上から見ていた孫権が呟くと、隣にいる張昭が答える。


 「ご安心ください。周瑜都督渾身の策です。なんの不備がありましょうや」


 だが、孫権は不安そうな顔を変えず、張昭が訝しげに孫権の顔を覗くと、


 「わしは連れの風魯が気がかりなのだ」


 と本音をこぼした。

風魯がいると思い通りにいかないことがある。そういう経験からの不安であった。



 劉備一行は本殿の広間に案内され婚儀の支度は整ったかに見えたが・・・


 「大変申し訳ございません。姫がなにぶん活発なものでございまして、婚儀前に出掛けられてしまいました。急ぎ呼び戻しますので少々お待ちください」


 お相手の孫尚香が来ないという理由で延期され、その広間で待つことに。


 劉備の右には護衛の趙雲が控え、風魯は劉備の左にいたが心が落ち着かなかった。


 (三通の書状を趙雲殿に託したけど、内容があれだからなぁ・・・)


 風魯は建業に着く直前に趙雲に書状を渡していた。

風魯としては危機的な状況の時に自分から渡して周りをさらに追い詰めるのが嫌だったので、初めから趙雲に渡してしまったものである。


 (とはいえ結果は同じだ。なんとかうまく乗り切れますように・・・!)


 と祈る思いの風魯は実は数日前に妻への手紙を書いて送っていた。

そこには今生の別れになるかも、とまで書いてある。


 そわそわする風魯。



 そんな時・・・


 「趙雲殿、ちょっと用事があるので付いてきていただけますか」


 呉の猛将甘寧が趙雲を呼び出す。


 「劉備様と一緒で良ければ随行仕るが」


 「いやいや、趙雲殿おひとりでお願いしたい」


 甘寧との受け答えで趙雲は、”劉備様を殺す気だ”と勘付いた。

しかし、ここで断ったとしても相手は次々と策を考えて殺しにやってくる。


 (果て、どう打開したものか。あ、そういえば・・・)


 趙雲は懐に入れてあった書状一の封を解く。

そして、右隣の人を抱きかかえるべし、との内容を読んで右隣を見る。


 そこには孫権や孫尚香の母である呉夫人の姿が。

相手は孫呉でも権勢を振るう気の強い女性だ。


 趙雲の判断や如何に・・・



 ※人物紹介


 ・呉夫人:孫堅の妻で孫権孫策孫尚香らの母。ただし、三国志演義において孫尚香は呉夫人の妹である呉国太ごこくたい(架空人物)と孫堅との娘とされ、呉夫人の功績のいくつかが呉国太に移っている。なお、正史には呉国太の記載はなく、吉川英治三国志でも呉国太は存在していない。

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