第121話 焦る風魯、ダメもとで趙雲を笑わす Ⅱ
「なに、孫権から書状が届いた?」
荊州にあって孫呉の動きを警戒していた最中である、劉備に孫権から手紙が届いたのは。
「ふむふむ・・・、なんと孫権の妹とわしが政略結婚とな!」
その手紙に書かれていたのは、
”荊州と揚州の更なる関係構築のために婚儀を提案したい。劉備殿は長坂橋の戦いの折に甘夫人に先立たれ、また近頃では麋夫人にも先立たれたと聞く。あなたも独り身では寂しさも感じるでしょうし、そこで自分(孫権)の妹を娶るのはどうかと思い、手紙を書かせていただいた次第”
という内容であった。
また、その手紙には孫権の妹の詳細も書かれており、名前を孫尚香といい年齢は14で気の強い娘だと記されていた。
(14って、わしと親子ほどの差ではないか)
劉備としては気が進まなかったが、国としての作戦上受け入れないといけない可能性もあると思い、孔明に尋ねてみた。すると・・・
「劉備様。ここは是非、お受けください」
孔明の返事はそのようである。
だが、劉備は不安であった。
「孔明よ。この手紙には婚儀を執り行う場合は建業でやりたいと書かれている」
「これを受け入れては両国の今の関係から考えて死地に赴くようなものではないか」
劉備は政略結婚するにしても、その場所が問題だと言った。
確かに孫権からの手紙には提案を受け入れる場合、建業での儀式を求める内容が記されている。
だが、孔明は、
「ご安心ください。孫権は劉備様を呼び出して斬るなどという卑劣な行為には絶対に及びませんから」
と一貫して相手の要求を呑むように勧めた。
「孔明がそこまで言うのならその根拠があるというものなのであろう。分かった、その通りに手筈を進めてほしい」
劉備は孔明を信頼し、孫権の妹を建業で娶ることにした。
実のところ、孔明はただ単に建業に向かうだけでは孫権に殺されるのは明白だと思っていた。
だが、そこを上手く乗り切り孫権の妹を連れ帰ることに成功すれば、それは即ち人質となり、孫呉に対して牽制ができる。
これは主君の死と紙一重の大勝負であるが、孔明としても周瑜の策によって追い込まれた状況なので、これが唯一の打開策であった。
ただし、孔明自らが劉備に付いて赴けば警戒して急に方策を変えてくるかも知れない、そう考えて趙雲に護衛を頼み、またある男に秘策を託すことにした。
「風魯大将軍、ちょうどいいところへ」
風魯が散策がてらに襄陽を歩いていると、孔明とばったり会った。
「ああ、孔明殿。こんなところで会うなんてね」
風魯は相変わらず呑気にふらついていたが、孔明の表情が硬いので、
「ん、どうしたの?」
と尋ねると孔明は頼み事があると言うので風魯も改まる。
「あ、ここでは人通りも多いので風魯大将軍の屋敷で話しましょう」
孔明は風魯と共に屋内へと入り、その頼み事を告げる。
「え、江南の孫権殿の所へ?」
「はい。劉備様と趙雲殿と共に向かってほしいのです。諸事情から私は行けません。なので、風魯大将軍にこれらの封書を託したいと思います」
と、ここまで話すと孔明は風魯に三通の封がしてある書状を渡す。
「この三通には封がしてありますが、表紙に一、二、三と書いておきました。これらを風魯大将軍が携えて揚州へと向かい、一行が危機に瀕した時に一の書状から封を開けて内容の通りに動いてください。もし、二度目の危機が訪れたら二の書状を、三度目は三を開いて行動してください。これで必ず危機を乗り切り、孫権の妹を連れ帰ることができます」
孔明は風魯に細かく説明する。風魯は危機に瀕したら順番に開けばいいということを理解し、
「分かったよ。劉備殿と一緒に江南に行ってくる。まぁ、慣れた道だし」
「ありがとう。風魯大将軍には本当に感謝します!」
こうして、その日を迎え、劉備一行は建業へと発った。
時期は冬で、揚子江南岸は北岸に比べれば暖かいものの、その日は北風が強く寒かった。
そんな道中で、風魯はやらかしてしまうのであった―
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