第117話 荊州の譲渡人 Ⅲ
「え・・・、その会わせたい方ってまさか黄承彦殿の・・・?」
「そう。そこの娘さん。なぁんだ、知っていたのか」
「確かに黄承彦殿とは面識ありますが、その娘さんには会ったことがありません」
「お、そうなの?だったら会ってみてよ」
風魯に導かれて孔明が辿り着いたのは荊州のとある山奥にある古びた屋敷。
孔明はその屋敷を見て昔の思い出をよみがえらせる。
(ああ―、幼いころは兄と共に訪ねて遊んだものだな・・・)
「孔明殿、何ボーっとしているの?入らないの?」
「え、ああ。では失礼します」
孔明は子供の頃の記憶を脳裏に浮かべながら屋敷に入る。
ただ、その室内はかなり変わっていた。
屋敷内には所狭しと不思議なモノが飾られている。
ただ、どれも彫刻というより、何か実用的なものに見えた。
「おお、来てくれたか孔明。お前に会うのは何十年ぶりかのぅ」
少し奥に進むと黄承彦が迎えた。流石に今日は服を着ている。
「黄承彦殿も服を着ないと冷えるお年頃になられましたか」
「いやいや、普段は包み隠さずじゃが、今日は二人が結ばれようかというめでたい日だからな」
「え・・・?」
孔明はふと左の部屋を見る。
すると、そこには一人の女人がいた。
女人ながら男も羨むような身長で、肌の色は褐色気味。
髪の毛は黒髪で真っ直ぐ伸び、顔は整っている。
現代ならモデルのような高身長美女。
ただし、可憐であることが求められるこの時代においては結婚対象になりづらいようだ。
「初めてお目にかかります、
彼女は黄承彦の娘で黄月英。歳は30が近づいており、当時の結婚に最適な年齢を過ぎている。
その容姿からして、何度も縁談を断られたのは想像できた。
(確か風魯大将軍は頭のいい女性を紹介すると言っていた。だか、その衣装を見るからには・・・)
孔明の目の前に姿を現した彼女は値の張りそうな衣服を身にまとい、おめかしまでしていて、彼に好意があるということを全身で表している。
(ま、まさか、興味があると言う言葉が誤解を生んで・・・!?)
孔明はようやくそれに勘づいたが、それをよそに彼女が近づいてくると、
「あなたは私のような頭の切れる女人が好みなのでしょう?」
と、「はい。」以外の言葉を言わせぬ圧をかけてきた。
「確かに頭の切れる女性と聞いて興味を持ちましたが・・・、」
孔明はここまで言ったのち、後悔する。
興味を持つという文言は孔明の使用意図に関わらず、誤解を生むものであったと。
彼はその後もなんとか誤解を解こうとしたが、やることなすこと裏目に出続けて、気が付けば婚約まで話がついてしまった。
そのころ、この古びた黄承彦邸の別室では・・・
「風魯殿、この度は孔明殿との仲介をしていただき、感謝する」
家主黄承彦が風魯と話を重ねていた。
「そうだ、わしの愛妻で娘の生母でもある彼女は風魯殿に言いたいことがあるそうだ」
黄承彦がその隣に座る妻に話を振ると、彼女はまず自らの実家を明かす。
「私は実は荊州の有力豪族蔡氏の出なんです」
「え、蔡ってあの蔡瑁殿の?」
「そうです。ちなみに私は蔡瑁の姉にあたります」
「あぁ、赤壁の時はあなたの弟さんに悪いことしちゃったんだよなぁ」
「いえいえ、あれは弟が道を誤って風魯殿と敵対したが故の出来事です」
「私も蔡一族の生まれとして申しますとあなたは何も悪いことをしていませんし、私としてはむしろ風魯殿と仲良くしていきたいのです」
彼女は風魯と仲良くしたいと言い、にっこりと笑顔を作る。
彼女の笑顔に合わせるように黄承彦も笑顔を作る。
これに風魯は、
(蔡瑁殿を殺してしまったようなものなのに、仲良くしてくれるなんていい人達だなぁ)
と感激するが、その裏には彼らの企みがあったのである―
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