第115話 荊州の譲渡人 Ⅰ
「くっ!孔明の奴、我々が誘い出したところをすかさず横取りするとは!」
周瑜は悔しくて仕方がない。
風魯が教えてくれた機密情報をもとに先手を取られまいと動いたわけだが、結局戦果が皆無だったばかりか、むしろ劉備の勢力拡大を助けてしまったのである。
周瑜としては風魯を恨む気はない。
彼には風魯が策略のためにわざと言ったようには見えなかったからだ。
ただし、孫呉の中では、
「赤壁の大勝利も風魯の風を読んだ緻密な策略の結果と考えれば、そのような策略家が何も考えずにポロっとこぼすはずがない」
という意見もあり、風魯の評価は天才か偶然かで分かれている。
それはともかく、周瑜としてはやり返すための算段に入らなければならなかった。
そんな矢先のことである。
「周瑜都督、
建業に現れたその男は見るからに怪しかった。
顔は痩せこけて人相悪く、唇などの部位はことごとくひん曲がり、長く伸びた髪の毛は四方へと不規則に広がる。
さらに服装は上は砂金を撒いたような金色のものを羽織り、ただし腹部は丸出しでよく肥えている。
極めつけは下半身。完全に裸なのだ。
そのくせに足首は何かを巻き付けて隠している。
隠す場所が違うだろう、と誰もが言いたくなる、そんな男であり、またその容姿は餓鬼のようである。
「・・・その黄承彦という奴が私に何の用だ」
「ははぁ、なんでも荊州を譲ってやると言っています・・・」
「は?」
周瑜は魯粛から黄承彦の伝言を聞くと、唖然としてしまった。
黄承彦という名は聞いたこともないし、そんな男が荊州を譲るなんてあり得ない。
そもそもその男は領主でもなんでもないため、譲る土地などあるわけないのだ。
「そんな変人に付き合う暇はない。追い返せ」
魯粛は周瑜のその命令を黄承彦に伝え、建業からの退出を命じたが・・・
「傀儡荊州君主の劉琦が邪魔でお前たちは荊州を取れなかった。ならば、その劉琦には死んでもらえばいい。なあに、暗殺とかそういう難しいことではない。このわしに協力を仰げば簡単なことだ」
と言って話を通すように求め、その場から動かなかった。
「そんな馬鹿げた話がありますか」
魯粛はあきれ顔で言ったが、黄承彦は諦めない。
「そうだ。諸葛瑾に話を通してくれい。あいつなら話が通じるはずだ」
彼はそう言うので、魯粛は仕方なく荊州出身の諸葛瑾に話をした。
すると・・・
「え、すぐ近くに黄承彦殿がいる?あの下半身裸の?」
と、どうやら面識がある様子だった。
「諸葛瑾殿とあの変態爺はお知り合いで?」
「はい。幼い頃は近所の変なおじさんみたいな感じで、よく遊ばせていただきました」
「ちょっとお待ちください。すぐに会いに行きます」
諸葛瑾は取り掛かっていた事案に区切りがつくとすぐに彼に会いに行った。
「黄承彦殿、お久しぶりです。あの時はお世話になりました」
「おお、諸葛瑾。しばらく見ねえ間に大人になって。今は呉の重臣だって言うじゃないか」
「重臣だなんてとんでもない・・・、見習いです」
「お前なら分かるだろう。このわしがここに来た意味が」
黄承彦の問いに諸葛瑾は少し考え込んだが、ハッとしたように口を開く。
「まさか・・・自慢の下半身を見せびらかしに来たので?」
これに黄承彦は大笑いし、
「自慢なのは下半身だけじゃねぇ。このお腹もだ。これならどんな槍で突かれても跳ね返せる」
と冗談で返す。
両者は昔からこういう仲のようだが、諸葛瑾もさすがに彼の来た理由までは分からなかった。
「・・・して、実際の用事は何なのでしょうか」
「うむ。実はな、娘がわしに似て超美人でな。それをおぬしの弟にくれてやろうと思うてな」
「孔明なら室が空いているだろう?」
黄承彦は孔明に自らの娘をやると言ったが、
「そのような話なら孔明に直にすればいいのですが・・・」
今は孔明とほとんど縁のない諸葛瑾。そんなことを私に言われても、と思ったものである。
「なあに、おぬしにそれだけで会いに来るわけがなかろう。我が娘と孔明を結べば、巡り巡って傀儡のお坊ちゃんが死ぬってわけよ―」
顔に影を浮かべて話す黄承彦。
この話が物語を次のステージへと進めるのであった。
※人物紹介
・黄承彦:荊州の名士。
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