第114話 劉表の遺児 Ⅳ

 「皆の者、気を引き締めていくぞ」


 「いざ、出撃!」


 周瑜の号令を以って呉の精兵、意気揚々と前進する。

その隊列は一糸たりとも乱れず、周瑜を満足させるには十分なものであった。


 (私の命も長くはない。生きているうちに劉備や孔明が勢力拡大する芽を摘まなければ・・・!)


 周瑜は病状こそ一時期よりましになったものの病を押しての出陣だし、この小康状態が長くは続かないことを彼はよく知っていた。


 よって彼は今、孫呉の安泰の為にも孔明に先を越されるわけにはいかないと考えている。

 周瑜にとっても孔明は偉大な策士であるし、尊敬しているのも確か。

だが、孔明の実力を肌身で感じた人間だからこそ、その知略は孫呉をも滅ぼし得るものだと恐れるのだ。


 (ただ、斥候からの報告によれば劉備の軍勢は江夏に留まったままという。ということは無理に焦ることはないか・・・)


 そう考えた周瑜は力攻めではなく、襄陽を守る曹仁を挑発しておびき出す作戦に出た。


 襄陽からさらに西にいった南郡には文聘が駐留して守っていたが、襄陽さえ落ちれば文聘の守る南郡は堅城が少ないため撤退するだろうと彼は読んだ。


 「・・・これでよし」


 周瑜は檄文を書き上げると襄陽に矢文で送り付けた。

その内容は曹仁の赤壁での惨状を大げさに嘲笑い、文の最後には・・・


 「帆を上げることもままならないのだから私に向かって旗を上げることもできないだろうな」


 と強烈に罵り、挑発した。


 これに曹仁は激怒し、


 「わしの武勇を見せつけてくれようぞ!」


 とばかりに奮い立ち、出撃を命じた。


 曹仁の軍勢は城下に布陣する孫呉の軍勢に襲い掛かる。

ただ、周瑜としてはこれこそ「待ってました」である。


 予め陣列を整えている他、随所に伏兵も配置してあったため、曹仁の軍勢はあっという間に壊滅。


 「くっ!引き上げるぞ」


 曹仁は撤退を命令したが、その時既に手勢は少なく、襄陽の広大な城を守れる状況になかった。


 「今だ!曹仁を追撃し、そのまま一挙に襄陽を占領するぞ!」


 周瑜の号令に呼応して孫呉の軍勢は襄陽の城門へと迫るが・・・


 

 「ややっ、城楼に旗が立ったぞ」


 「なんだ、あの旗は。曹仁の旗ではないな」


 呉の兵士は足が止まった。

一斉に無数の旗が掲げられ、それに異様な雰囲気を感じたものである。


 すると、城門の上に一人の偉丈夫が姿を見せて、一喝する。


 「我は趙雲子龍なり!この城は君らが取るべき城ではない。お引き取り給え!」


 これに呉の先陣を務めた朱然しゅぜんは、


 「なぜそう言われるか。城を横取りする卑怯者こそ、そこにいるべきではないと心得るが!?」


 と抗議したが、趙雲は毅然として動かず、さらにこう諭す。


 「本来荊州は亡き劉表殿のご子息が治めるべき土地。だが、その嫡男であった劉琮は曹操に降伏し、そのまま殺されてしまった。だが、これで後継者がいないと思うのは大きな間違いというもの。劉表殿にはもう一人男子がいる。そのお方こそ、今ここにおられる劉琦様だ」


 こう言って趙雲は隣に劉琦を呼びよせる。

その姿を呉の兵士に見せつけた上で、こう続けた。


 「劉琦様はしばらく味方もおらず、孫呉ですら助けてはくれなかった。しかし、我が主、劉備様だけが気にかけて劉琦様をお支え申した。よって、今こうして劉琦様を太守としてお迎えし、それを我々が支えていくのは至極当然のことである!」


 呉の朱然は何やら言い返したいようだったが、趙雲が睨みつけると怖気づき、言葉も出なくなってしまった。


 こうして、朱然ら呉軍は趙雲から逃げるように退き南郡を目指したが時すでに遅し。


 南郡もまた関羽と張飛の武勇の前に屈していたのである。


 

 ※人物紹介


 ・朱然:呉の重臣、朱治の甥であり、その養子となって家を継ぐことになる。


 

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