第113話 劉表の遺児 Ⅲ

 「え、私に江南へと行ってほしいって?」


 孔明が風魯を呼び寄せると先程の談義の結論を話し、


 「周瑜都督に挨拶に来たとでも言えば通してくれるでしょう」


 と付け加えた。


 孔明は劉備と話した内容を事細かに伝えたが、当の風魯は何を言っているのかまるで分からず、ただ最後の言葉だけを理解して江南へと旅立った。


 (周瑜都督に会って挨拶すればいいんだよね・・・?)


 孔明は孫呉が動かない理由を探ってきてほしいと伝えたが、その肝心要なところを風魯は理解していない。


 「確か、柴桑城にいるんだよね・・・?」


 孔明からは密偵の情報として柴桑という城に周瑜がいるということを伝えられていた。


 「すいません。周瑜都督はおられますか」


 風魯が柴桑城の門を叩くと初めは門番が疑いの目を向けてきたが、少しして警備の管理を任せられていると見られる朱治しゅちという老将が現れて、


 「おお、風魯大将軍ではないですか。今、門を開けますのでしばしお待ちを」


 風魯ということを認識するやいなや門を開けてくれた。


 赤壁の戦いで孫呉の窮地を救った風魯を追い返すわけにはいかなかったようである。


 「朱治殿。周瑜都督には会えるかな?」


 風魯がそう尋ねると朱治は少し黙ったあと、


 「今の周瑜都督の状況を一切周囲に漏らさないのなら、可能です」


 と言った。


 孔明の思惑に反して他人に伝える気など全くなかった風魯は他言無用を約束し、周瑜と面会した。


 「周瑜都督。体調悪そうだけど、大丈夫?」


 「・・・大丈夫と言いたいところだが、、病状は芳しくないようだ」


 風魯が入ると周瑜は横になったままほとんど動かなかった。


 「・・・実はちょろっと小耳に挟んだだけなんだけど、劉備殿が襄陽を奪う気でいるみたいだよ?」


 風魯は何を思ったか周瑜に小耳に挟んだことを伝え始めた。


 「・・・な、何・・・。劉備殿が・・・?」


 「そう。なんか襄陽は曹仁が守っているけど、ああしてこうすれば奪えるとかどうとか・・・」


 「・・・その、ああしてこうして・・・とは?」


 「私もそこはよく聞き取れなくて。ただ、襄陽を奪う気でいるのは確かだけど、周瑜都督も襄陽を奪うために出撃の準備をしていたんだよね?」

 「まぁ、この病状じゃすぐには厳しいだろうけど・・・」


 「・・・・・・」


 周瑜は身体こそ悪いものの、頭脳はなんとか働いていた。

彼はその頭脳をフル回転させ、風魯提供の情報から劉備と孔明の思惑を考え始める。


 (普通に考えて襄陽の兵力は劉備の兵力よりも多いから、劉備が単独で攻め取るというのは考えられない。・・・待てよ、その考えは襄陽を守る曹仁とて同じ。仮に孫呉が中々出陣しないこの状況で襄陽守備軍の緊張感が失せて油断しているとすれば、まずい・・・!!)


 周瑜はある結論にたどり着いた。

孔明は襄陽の油断を突いて孫呉よりも先に占領する気だと。


 そして、そうだとしたら長く休んでいる場合ではない、と周瑜。


 「風魯大将軍。貴重な情報をありがとう!」


 周瑜は力強く謝意を示した。


 「なんかよくわからないけど、お役に立てるなら良かった。じゃ、また来るからお大事にね」


 風魯はそんな言葉を残して柴桑から帰路についた。


 (今更だけど、この話は言うべきではなかったのかな?)


 機密情報を伝えてしまったことに少し後悔する風魯だが、その伝えた機密情報に「孫呉がおびき出した隙に奪い取る」という文言が抜けていたお陰で、事態は動き出すのであった―



 ※人物紹介


 ・朱治:呉の重臣、孫堅のころから使える老将、朱然しゅぜんの養父であり、実の叔父。

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