第112話 劉表の遺児 Ⅱ

 「鄧艾よ、おぬしの策は不発に終わったようだな」


 曹操は鄧艾を呼び寄せると開口一番、そう言った。


 「ひとえに私の力不足です。それに民を悪用してしまおうという策は私自身の理念にかなうものでもありませんでした。丞相様の期待に応えられず、申し訳ない限り」


 鄧艾は頭を下げた。


 だが、曹操が怒る様子はなく、むしろ元気づけるように、


 「おぬしもまだ若い。だから何事も経験だ」


 と言ったものである。


 (失敗しそうな策を提案してきても、それを突っぱねては何も成長しない。若者にこうやって失敗させるのも、わしの役目である)


 曹操は鄧艾の策について、はなから失敗すると考えていたようだ。

だが、敢えてその話に乗ったようにして採用し、経験をさせる。


 短期的に見れば曹操にとってマイナスかもしれないが、彼は長期的に考えて人を育てることが何よりのプラスだと判断したようだ。


 (ま、わしも年齢を考えればそう長くはない。つまり、この乱世を鎮めるのは若い彼らである)


 曹操のこの考え方が後々に繋がっていくのである。


 (ん?そういえばとある若者を僻地に左遷させたような気が・・・?)


 

 

 「はぁー、讒言でないことは分かったはずなのに、いつになれば都に戻れるのか」


 涼州の果ての果ての役人として黄砂をかぶりながら職務をこなしているのは、司馬懿である。


 赤壁の時に「龐統は敵である」と述べて曹操の怒りを買い左遷されたわけだが、結局龐統は本当に間者だったわけで、都に帰還していいはずなのだ。


 「大丈夫です。明日には戻れますから」


 司馬懿にそう言うのは正室の張春華だ。


 「明日?そんなでたらめを言うな」


 司馬懿は妻に注意したが、彼女は真顔で言う。


 「いいえ、あなたのところに明日使者が来て帰還できます。そんな気が致します」


 「はぁ、真面目だったお前も遂に冗談を言うような女子に成り下がったか」


 「もういい。こんな時間だ。寝るぞ」


 こうして夫婦は就寝し、そして翌朝・・・


 「司馬懿殿!都から書状が届きました!」


 役所の仲間から手渡された手紙を読んで、司馬懿は驚きのあまりひっくり返る。


 なんと、そこには許昌で再び職務に就いてほしいと書かれていたのだ。

しかも、その役職は曹操の御曹司である曹丕そうひの側近である。


 「やったぞ、君の言ったことは本当だった!」


 司馬懿は職務も半ばで小躍りしながら家に戻ると、張春華にそのことを伝えた。


 「私の言った通りだったでしょう。実は昨日の朝方に夢で見たんですよ」


 「あなたが都で再び活躍する、その姿をね」


 こうして、司馬懿は都に戻り、比較的歳の近い曹丕の側近として使えることとなったのである。




 そのころ、荊州江夏の城内にある一室では・・・


 「こちらが劉琦様です。覚えていますね?」


 孔明が連れてきた青年に劉備は、


 「もちろん!亡き劉表様の跡継ぎ様を忘れるわけがございません」


 と言うと劉琦青年を上座に案内した。


 「劉琦様にはこれより正式に荊州の太守として、この荊州の地を治めていただきます」


 劉備は劉琦を形式上の太守に仕立て上げ、政治など何もできない彼に代わり荊州を実効支配しようと考えたのだ。

 そのようにすれば、劉備が襄陽を奪っても劉表の後継者の為に州府を奪回したという形になる。

 もちろん、その発案者は孔明なのだが。


 

 「孔明、ここまでは思惑通りといったところか」


 他の一室に下がると劉備と孔明は再び談義をする。


 「確かにそうですが、孫呉が動きを見せないのが気になります」


 孔明は孫呉が動かないことにイラついていた。

その理由は周瑜の病によるものだが、この情報は極秘であるため、荊州にまでは伝わってこないのだ。

 よって、孫呉が曹仁らをおびき出してくれないとことが進まない孔明は訳も分からず待つしかなかった。


 「誰か江南に赴いて情報を探ってくれるような者はいないものか」


 劉備はそう言うとため息をついたが、


 「そうだ、いるではありませんか。適任が」


 孔明はそう言って庭先に目をやった。


 中庭を当てもなくふらついている風魯という男が―



 ※人物紹介


 ・曹丕:曹操の子で跡取り。曹操の死後、魏を継いだ。

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