第111話 劉表の遺児 Ⅰ

 「周瑜都督、お身体の調子はいかがでございますか」


 孫呉の臣が昼夜ひっきりなしに周瑜のいる柴桑さいそう城を訪れる。


 孫権の腹心、周瑜はこの頃肺病を患い、療養していた。


 「ああ、大丈夫だ。だいぶ、良くなってきた」


 周瑜は来る人来る人にそう伝えて帰していたが、彼の強がりも大したものである。


 実際には病状は良くなかった。

医者もそばについていたが、何も言わなかった。

 いや、何も言えないのである。


 真実を伝えるなど、恐ろしくてできたものではないのだ。


 ただ、周瑜は察していた。

自分の命もそう長くはないのだと。



 

 「やあ、孔明殿。ちょうどいいや、ちょっと報告が」


 周瑜の病により呉軍の出陣が遅れる中、風魯は孔明に黄忠、魏延の内応を伝えた。


 「流石は風魯大将軍。これで韓玄は骨抜きにされたも同然です」


 孔明はそう喜ぶと、すぐに劉備に報告に行き、色々と打ち合わせをしたものである。


 「孔明、これで韓玄は骨抜きになり、さらに他の郡の太守も盟主がそのようではお話にならないとして引き揚げるのは目に見えている」


 「ただ、彼らとしては何としてでも襄陽との往来を再開させたいはず。つまり、これからも各郡の太守と私の間で対立が続いてしまうのではないか」


 劉備は危惧していることを孔明に伝えた。

それに孔明は、


 「確かに何も手を打たなければ、そうなりましょう。ただし、解決策はあります」


 と答えたので、劉備は孔明に問う。


 「その解決策とは何なのだ」


 すると、孔明はニヤリと笑い、一言だけ伝えた。


 「我々が襄陽を奪えば宜しいのです」




 「さぁ、皆の者!劉備の首を討ち果たし、目的を達成するぞ!」


 江夏の郊外では、韓玄の号令により大軍が劉備の籠る江夏城へと進軍を開始した。


 「ややっ、劉備軍が城から打って出てきたぞ」


 劉備軍の両翼、関羽と張飛が左右の城門から出てきたのを見て韓玄は、


 (寡兵の相手が出てきたのなら都合がいい。我らが大軍を以って包囲してやろう)


 と考えて勝利を確信した。


 しかし・・・


 「大変です!黄忠殿が謀反!!」


 「こちらも大変です!魏延殿まで寝返りました!」


 手筈通り両者が寝返り、韓玄の軍勢を攻め立てたので、韓玄はかえって包囲されてしまった。


 「ぐぬぬ。あやつらが寝返るとは、一生の不覚!だが、我々には各郡の軍勢が・・・」


 韓玄はそう呟きながら後ろを振り向いたが、各郡の軍勢は韓玄部隊の体たらくを見て呆れ果てたように、我先にと逃亡していた。


 「お前らまでこのわしを見捨てるか・・・!」


 韓玄は仕方なく包囲網をかいくぐって長沙郡へ敗走。

かくして劉備軍は大勝利を収めたのである。



 「孔明、ひとまず第一の関門は通り抜けたが・・・、襄陽を奪うとはどういうことなのか」


 劉備は勝利の余韻に浸る間もなく、孔明に尋ねた。


 「もちろん、襄陽は曹仁や文聘が固く守っていますから、正攻法で落とそうという訳ではありません」


 「まず、孫呉の軍勢に攻め込んでもらいます。孫呉も周瑜のことですから、正攻法ではなく敵をおびき出そうとするでしょう」


 「それで曹仁らがおびき出されて襄陽ががら空きになったところを伏せておいた軍兵を以って占領すればよいのです」


 孔明の策に劉備はさすがは孔明、と褒め称えたが、その一方で不安も口にした。


 「それではわしが美味しいところだけを横取りしたということになり、評判が悪くなるのではないか」


 だが、孔明はそこもしっかり考えていたようだ。


 「ご安心ください。それを正当化するのにちょうどいい人物がいますので」


 孔明はそう言って、ある青年をその部屋に呼び出した。

その青年とは誰なのか。


 ヒントは、「劉表の遺児」なのである―

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る