第110話 弓矢の黄忠、盾の魏延 Ⅳ

 「すいません、魏延殿はおられますか」


 黄忠を内応させた風魯は次いで韓玄配下の魏延のもとを訪れた。


 「貴様は誰だ。怪しい奴、名を名乗れっ!」


 すると、魏延部隊の先鋒を任されていると見られる楊齢ようれいという男が怒鳴り散らすように言った。


 見るからに気性の激しい男なので、風魯は怖気づいてしまい名前も名乗れなかった。


 「名前も名乗れぬとは怪しい奴!」


 楊齢は自慢の矛を振り上げて風魯を斬ろうとしたので、風魯は慌てて逃げだす。


 「逃げるなっ!この矛でも喰らえっっ」


 しかし、風魯にその矛が襲い掛かることはなかった。


 「・・・?」


 風魯がそっと振り返ると、楊齢は倒れてきた大木の下敷きになって絶命しているではないか。


 どうやら振り上げた矛が木の幹に引っ掛かり、振り下ろしたときに根元が腐っていた大木を自分の所へ倒してしまったようだ。


 (はぁー、助かった・・・)


 一命をとりとめた風魯は気を取り直して再び魏延の陣所を訪ねる。


 「すいません、今、魏延様は外へ偵察に向かっておりまして―」


 魏延の配下の兵士がそう言いかけたところへ魏延が戻ってきた。


 「楊齢を倒した男が来ていると聞いて何者かと思い戻ってきてみれば、風魯大将軍ではないですか」


 魏延はにこやかに風魯との再会を喜び、自ら陣所に案内しようとしたが、風魯は震えが止まらなかった。


 (どうしよう。魏延殿の配下の楊齢殿を俺が殺したことになってる。報復として殺す気だ・・・!)


 だが、風魯が震えているのを見た魏延はかかと笑い、


 「別に楊齢を殺したことを怒ってはいませんよ。むしろ感謝しています」


 と言うではないか。


 「え・・・」


 風魯は困惑する。

なぜ、配下を殺したことになっているのにも関わらず、感謝されるのか。


 「・・・実は、私は以前から劉備様に従いたいと考えておりました」


 魏延は言う、私は劉備の志に感動しているのだと。


 「ただ、内応を計画していたなかであの楊齢という男が韓玄からお目付け役として送られてきてから、どうにも監視されていて動けなかったところだ」


 彼は主君の韓玄を呼び捨てにした・・・いや、彼にとって韓玄は主君ではないのだ。

 魏延は劉備に初めて会ったその日から、劉備玄徳という男に惹かれており、その配下になりたかった。

 しかし、その劉備が自分を必要としているのか、そこに自信がなかった魏延は、


 (もし、劉備様と私にこの乱世をともにする縁があるのなら、おのずと一緒になれる時が来るはずだ!)


 と考えて、それまでの仮の主君として韓玄を選んだという次第のようだ。


 「よって、約束しよう!邪魔者の楊齢が絶命した今、劉備様に内応するとな」


 魏延は力強く語り、誓った。


 こうして、風魯は難なく韓玄配下の重臣二人の内応を取り付けてしまったのである―

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