第107話 弓矢の黄忠、盾の魏延 Ⅰ
「風魯大将軍はああ見えて、末恐ろしいお方であった・・・!」
「我ら大軍を一発で壊滅なさるだなんて・・・」
大船団が炎上し、のたうち回るように沈んだその光景を思い返し、鄧艾は身震いをする。
曹操の後を追って無事に逃げ帰った鄧艾だが、彼が見た光景は地獄絵図のようであった。
しかし、彼は風魯を恨むどころか感謝していた。
(風魯大将軍は教えてくださったのだ。人生はそう上手くはいかないよ、と)
鄧艾はなぜ、そう考えたのか。
その理由は、逃げ帰る道中に伏兵がいなかったことだ。
あれだけの策略を立てる人がもし本気に殲滅しようと考えれば、必ず逃げ道に兵を隠し、落ち延びる曹操軍を襲撃して殲滅するであろう、と彼は考えた。
だが、それが一切なかったということは、生かしてもらったと解釈したものである。
(さて、私も風魯大将軍に負けじと頑張るぞ!)
鄧艾は何かにそう誓って許昌の中枢に入った。
「賈詡、何か良い策はないか」
その許昌では曹操が腹心たちに反撃の策を尋ねていた。
「今は辛抱の時です。敵は勢いに乗ってますから、何をしても裏目に出るでしょう」
賈詡は敵の猛攻を耐え忍ぶべきだと言った。
情勢の気を見るのに優れた彼は味方に勢いがない今、下手に動いても失敗すると述べたものである。
「わしはそのような消極策を聞いているのではない」
曹操は他の腹心にも意見を聞いたが、およそ賈詡の意見に近いものであった。
「誰でもいい。他の意見があるものはいないのか」
曹操はその場にいる末端の臣まで幅広く意見を募った。
これは好機であると鄧艾。
真っ先に挙手をすると作戦を述べた。
「我々は手痛い損害を被りましたが、敵ではない軍団が勢力を温存しています」
「ほう、それは誰か」
「荊州の長沙郡太守韓玄です」
「・・・」
曹操はしばらくの間沈黙する。
その意味合いはおよそ彼だけで反撃ができるのか、という所である。
「丞相様。韓玄は今、軍兵、兵糧、良将の三拍子が揃っています。さらに金旋、趙範、劉度ら荊州南部各郡の太守も盟主として崇めているという噂です」
「ふむ。確かに荊州南部4郡のまとめ役であり、兵糧や兵力も揃っていると聞くが、孫権や劉備に太刀打ちできるような良将がいるだろうか」
「魏延と黄忠がいます」
「ほぅ、黄忠は弓矢の名手と名高いが、魏延は・・・聞いたことがない」
「ご安心を。魏延は劉表などからの評価が低く重用されませんでしたが、陣を敷けば何事があろうとうろたえず、その場を死守することから弓の黄忠との対比で盾の魏延と周囲で呼ばれています」
「そうかそうか。ただ、韓玄という男は善政を以って民から慕われているが、戦には消極的と聞く。果たして我らの誘いに乗るだろうか」
「丞相様、そこはむしろ民を動かすのでございます」
鄧艾はそう言って曹操に秘策を述べた。
すると曹操は、
「それは妙案だ!」
と手を打って喜び、他の腹心の諫言などには耳も貸さず、それを実行に移した。
「風魯大将軍、これは困ったことになりました」
「孔明殿、どうしたの?」
ある日、孔明が風魯のもとを訪れ、語ったのは劉備の窮地である。
「長沙太守の韓玄を中心とした大軍が劉備潰すべしと進軍しています」
「韓玄という男は戦に消極的と聞いていたので油断しておりましたが、まさか攻め込んでくるとは」
孔明は風魯に状況を説明し、
「我々の軍備では彼らと争えません。よって、勝つ方法は一つ。黄忠などの将を調略し、敵を分断することです」
と述べた。しかし、
「ただ、私にはその方策が分かりません」
と孔明も頭を抱える。
「・・・で、私は何をすればいいのかな?」
風魯が見かねてこう切り出すと、待ってましたと孔明。
「風魯大将軍にはその類まれな才知を以って敵を分断し、我らを勝利に導いてほしいのです」
孔明は風魯に頭を下げて懇願し、
「風魯大将軍ならできると信じて託します。朗報が来ることを祈ります」
「では、失礼しました」
と風魯に任せて去ってしまったものである。
(弱ったなぁ、どうしたらいいのか分からないや)
風魯は訳が分からなかったが、ひとまず黄忠に会ってみようと江夏を発つのであった。
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