第106話 赤壁の戦い Ⅲ

 「者ども!周瑜を斬れっ」


 呉主孫権が斬首の号令を下したその時であった。


 「申し上げます!お味方、赤壁にて大勝利っ」


 「・・・・・・え?」


 孫権は予想外の報告に目を点にして聞き返す。


 「な、何を申したか・・・?」


 「あのぅ、ですからぁ、お味方が曹操軍に快勝したと・・・」


 「・・・」


 その一瞬の間を置いて孫権は、叫ぶ。


 「な、なんじゃとー!?・・・一体何が起こったのだ」


 「その報告をしたいと呂蒙殿が早馬で駆けつけております」


 「わかった。すぐ会おう」


 周瑜の処断など二の次であると孫権。

建業に駆けつけた呂蒙と会い、大勝利の過程を聞いたものである。


 「ううむ、まさか、あの風魯大将軍が立役者とは」


 「返すべき恩が増えてしまったな」


 そして呂蒙は孫権に周瑜の状況を尋ねる。


 「周瑜なら監獄に閉じ込めてあるが、それがどうかしたのか」


 孫権の返答に胸を撫で下ろしたのは呂蒙だ。


 「良かった。周瑜都督は生きておられましたか・・・いやぁ早馬で帰ってきた甲斐がありました」


 「周瑜の奴ならこの後処断するつもりだが・・・?」


 「そ、それはいけません」


 呂蒙は苦肉の策と荀彧らが仕掛けた謀略の内容を打ち明け、周瑜に罪はないということを明らかにした。


 すると孫権は、


 「ああ、呉の主である私たるや、敵の策略に引っ掛かり、大切な忠臣をこの手で失わせるところであった・・・」


 と言って泣き出したものである。


 結局、周瑜は罪が晴れて釈放され、孫権に相まみえた。


 「周瑜都督、本当に済まなかった・・・!」


 孫権が深々と頭を下げて一連の出来事を陳謝すると、周瑜は謙遜し


 「孫権様、頭をお上げください。あれは敵が上手でございましたから」


 と述べ、さらに


 「こちらこそ、建業への報告を怠った結果、このようなことを招いてしまい、申し訳ない限りでございます」


 と頭を下げた。


 その場は何とも言えない雰囲気に包まれたが、長くこうしている暇はない。


 曹操は許昌に撤退したものの、荊州北部に位置する南郡一帯では曹操の勢力が残っており、曹仁が後を託されて堅守していた。


 「周瑜、南郡を攻めるべきと思うがどうか?」


 「その通りでございます。曹操の勢力を追い出さなければ、また同じようなことになりかねません」


 「また、劉備の動きも気になります」


 「ほう、あの江夏に駐屯している劉備玄徳か」


 「はい」


 周瑜は言う。


 もし、我々が荊州に行かず豫州や徐州に向かえば、劉備は好き放題に荊州を切り取りだす、と。


 「なるほど、では劉備よりも先に荊州を取るべきか」


 「はい。荊州は大きな勢力がなく、各個撃破しやすいため一郡ぐらい先に奪われる可能性はありますが、劉備の寡少兵力を踏まえればすぐに追い越すことができましょう」


 「うむ!では、周瑜。戦の支度だ!」


 こうして、呉軍は戦の支度をして建業を発ったが、劉備の進軍は周瑜の想像を遥かに超える速さで進んでいくのである。


 また、このころ、赤壁逆転勝利の立役者である風魯はというと・・・


 「はぁ、なんか疲れたなぁ」


 「あなたが疲れるなんて珍しいですね」


 「だって、歓迎の度が過ぎるんだもん・・・」


 と妻に色々と打ち明けていた。


 劉備のいる江夏に帰還後、劉備主催の歓迎会が開かれて赤壁に向かっていた孔明と風魯が熱烈なお迎えを受けたのである。


 「張飛殿は祝い酒だとか言って酒に酔って関羽殿の髯を弄りだすし、それに関羽殿は大事な髯に触るなって怒り出しちゃって・・・」


 「こっちが疲れた」


 「まぁ、いいじゃないですか」


 妻が風魯を慰める。


 (俺って、すごい歓迎を受けるようなことしたのかな・・・?)


 風魯はまだ、やったことの意味を理解できていないし、今後も理解しないだろう。


 ただ、三国志における風魯の仕事はまだまだ、残されているのであった。

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