第102話 究極の離間計 Ⅰ

 (なんだか周りが騒がしいなぁ)


 ある日の朝、散策から帰ってくると、孫呉の陣営が慌ただしくなっていた。


 「あ、孔明殿。おはよう」


 風魯は陣所に戻って孔明に挨拶をしたが、孔明も顔が青く冷や汗は吹き出し、その姿からとんでもないことが起きたのだと想像がつく。


 「な、何かあった・・・?」


 「風魯大将軍、大変ですっ」


 孔明はここまで言うと、続きを述べることもなく頭を抱えてしまった。


 (孔明殿がパニックだなんて珍しい。これは相当危ない状況なのか・・・)


 風魯は孔明が話せる状況にないと感じて呉の諸将を訪ねて回ったが、多くの将が孔明と同じように取り乱しており、ろくに話も聞けなかった。


 ただ、陸遜は比較的冷静であったため、事情を聞いてみることに。


 「陸遜殿、どうして皆さんこんなに騒いでいるのでしょうか?」


 「・・・実は、周瑜都督に建業から帰還命令が出されました」


 陸遜がそう言うので、


 「え、つまり全軍撤退ということ?」


 と風魯は尋ねたがどうもそうではないらしい。


 「周瑜都督は呉主孫権様からあらぬ疑いをかけられてしまい、都督一人で建業に戻るよう命令が下されました」


 「我々は前線の者として周瑜都督を総大将として仰いでおりますので、その都督が急にいなくなられては士気の低下のみならず、我々の指揮系統が乱れて、それは敗戦に繋がります」


 (それは大変だ。周瑜殿がなんとか弁明して戻ってこれるといいけど・・・)


 風魯は周瑜の一刻も早い復帰を願った。

陸遜は明かさなかったが、周瑜不在のデメリットは他にもある。


 序盤こそ敵対に等しかった孔明と周瑜。

だが、仲直りをしてからはお互いが情報面や作戦面で協力し、そのお陰でここまで来た。

 だが、孫呉から見て孔明はあくまでも他所の人なので、周瑜以外に連携を取れる重臣がいないのだ。


 そんな中での事件。いくら孔明が策略を立ててもそれが採用されなければ意味がないのである。


 ここに孫呉はこの戦役で最大の難局を迎えたが、そもそも何故、そうなったのか。


 その始まりは曹操配下で曹操が軍師の中でも唯一無二の信頼を置く荀彧の策略であった―



 

 「丞相様、お話したきことがあります」


 ある日の曹操軍本営。曹操がくつろいでいると、そこに荀彧が入ってきた。

彼が本営を訪ねる時は大体重要な話なので、曹操は人払いをして二人だけで話をした。


 「丞相様は龐統殿が怪しいと思いませぬか」


 「なに、荀彧までそのようなことを言うか」


 曹操は俄かにカチンときたが、自らが意見を幅広く募ることが大切だと思い直して話を聞いた。


 「なぜ、そう思うか」


 「実は丞相様が龐統殿と海辺で会話していたのを陰で聞いておりました」


 「そこのところの非礼はお許しください」


 「ああ、あの船を縄で結ぶという話か」


 「それの何が怪しいのだ」


 曹操は全く気付いていないようなので、荀彧は一から説明する。


 「丞相様がこの一帯は北風が吹くから敵も素早く進撃できないだろうという旨の話をしたときにあの天才・龐統なら気づくであろうことに一切触れなかったのです」


 「な、それは何なのだ・・・?」


 「では、丞相様に尋ねます。鄧艾殿はあの風魯発の手紙が南から飛んできたと明言しました。果たして、その時の風は北風なのでしょうか?」


 「なっ、な、、なんとっ!!」


 ここで曹操はやっと荀彧の言いたいことを理解した。


 この時期は多くが北風だが、稀に南風が吹く、と。


 「この地域の知識に明るい呉軍なら南風が吹くと考えて、龐統を以って連環計を実行させて船同士を繋げ、決して軍備を怠らずに南風の吹く日に一気に進撃する」


 「周瑜や孔明あたりならそう考えるでしょう。もし、それが彼らの思惑通りに進めば、南風の吹く日に我らが縄を外す前に押し寄せて前衛の船団に火を付けて回るでしょう」


 「仮にこうなってしまえば、水軍壊滅はおろか、その炎は陸地まで達してこの一帯を焼き尽くすこと間違いありません」


 「即ち我が軍の完敗です」


 荀彧の話はどれも尤もであり、疑う余地もない。

そう、孔明らの策を完全に看破したのだ。


 「では、どうしたらこの状況を好転させられるのか」


 「船の縄を解けばいいのか!?」


 曹操は荀彧に解決法を尋ねた。

すると、荀彧は船の縄を解いても孔明らはまた次の作戦を練ってくるとして、その根本から叩くことを提案した。


 それは孫権と周瑜の間を引き裂く、究極の離間計なのである―

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