第101話 連環計 Ⅲ

 「なあ龐統よ。我々は圧倒的に優勢だが、戦場には思わぬ落とし穴があったりする。そこで君には落とし穴を瞬時に見つけて埋める作業を任せたい」


 ある日、曹操は龐統を連れて前線の水塞にやってきた。

兵力差的にも曹操軍が圧倒しているため、曹操が恐れるのは戦場の落とし穴のみなのだ。


 「・・・では、一つご提案が」


 「お、早速か。何か危ぶまれることでもあったか」


 「はい。確かに我々は大軍です。しかし、戦うのはあくまでも一人一人の人間です。この辺の兵士は長らく船の上にあって顔色が悪い。恐らく船酔いに遭っているのでしょう」


 「ふむ、確かに嘔吐物も散見されるな・・・」


 「落とし穴というのは小さいからこそ見えにくい物。これではいざ、戦闘となっても水上に慣れた孫呉軍の十分の一も活躍できません」


 「な、なんと!」


 曹操の顔色も急激に悪くなった。敗北の景色が脳裏に浮かんだためである。


 「では、どうするべきか!?何分我々は大軍で宿舎も用意しきれないから水軍には船上でと考えていたのだが・・・」


 曹操は龐統にすがるように尋ねた。


 「ここは船同士を釘、もしくは固い縄で結び、船酔いの原因となる揺れを防ぐべきでしょう」


 龐統は言う。

船同士を繋いで連なる環のようにすれば、いくら大風が吹いて水上が荒れても揺れを抑えられる、と。


 「私はこの計略―連環計が最良の選択だと存じます。繋げるものを釘にするか縄にするかは丞相様にご判断いただきたい」


 「釘で繋げば縄よりも揺れを軽減できますが動き出すには釘を外すという手間がかかります。一方の縄は揺れの軽減こそ釘には及びませんが船酔いはだいぶ楽になり、何より縄さえほどけば動き出せます」


 龐統は釘か縄という二つの選択肢を示した。

曹操は少し考えたが流石に釘を外すのは手間がかかると考えて、


 「では、船同士を縄で幾重にも結ぼう。固く結んでも半刻(一時間)もあれば動き出せるし、何よりこの時期は北風、つまり南岸の敵にとっては帆が生きない逆風だ。孫呉の船が半刻の間に漕ぐだけでこの大河を渡れるとは思えぬ」


 と風向き的に敵は急襲できないとまで踏んで決断した。


 こうして曹操軍は水軍の船を全て、縄で固く繋ぎ止めたのである。

その結果、水軍の顔色は見る見るうちに改善し、意気揚々として来る時に備えた。


 「流石は鳳雛と称えられた漢だ。あれほどまでに早く落とし穴を埋めるとは、さては水塞に向かう前からこの状況を察していたな」


 「はい。北国生まれの水兵が船で生活していると聞き及んだ時から、です」


 「やはり水鏡先生が鳳雛と称えるまでのことがある。古参の軍師が見落としていたことに気づき、修正するとは」


 「恐縮です」


 こうして、曹操水軍は環境が改善され、何より曹操は龐統をより一層信頼した。

しかし、曹操は本陣に戻ってからふと思う。


 (古参の軍師たちもわしが見込んで集めてきた者たちだ。きっと鳳雛に負けじと提案してくるだろう)


 そう、曹操は龐統を信頼しつつも荀彧や荀攸などの活躍も願っていた。

彼は家臣たちで競わせることでより良いアイデアを生み、自らの勢力を高めてきたのだ。


 (これがわしのやり方だ)


 曹操の築いてきた環境―誰もが憚ることなく意見を述べて競い合う、これが曹操軍の真骨頂であり、それによって生み出された策略がこれより呉を、そして孔明を追い詰めるのであった―

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