第79話 献帝からの密詔 Ⅰ

 「ん?なんだろう、この置手紙は・・・」


 劉備らと共に江夏へと辿り着いた俺はそこに宿泊中、置手紙を発見した。

そこには”今晩、江夏城の正門付近で会って話をしたいです。司馬仲達”と書かれていたのでびっくり。


 (え?あの司馬懿殿が!?何の用だろう・・・)


 俺は怪しんだが、考えてもみれば俺を殺すなんてあり得ないので、約束通り向かうことにした。



 「お久しぶりです。風魯大将軍」


 正門前に行くと、そこには彼が既に待っていた。

その姿からして、顔を隠すような感じはない。


 確かに写真もないこの時代においては変に隠す方が怪しまれるのかもしれないが。


 「ん?なんだ、あの二人。密談していて怪しいな」


 正門を守る門番の一人がその姿を見て訝しむが、


 「あの方のうち、一人は風魯大将軍ですからその相手も味方でしょう」


 ともう一人の門番が言うので、結局咎めることはなかった。


 

 「んで、なんの用?」


 俺が聞くと、彼は懐から一通の書を取り出す。


 「これです」


 「これはだれから?」


 そう尋ねると彼は声を潜めながら答える。


 「献帝からの、密詔です」


 「え・・・・・・」


 俺はまさか、と思いながらその文章を読んだが、確かに献帝のものである。

しかも、そこには打倒曹操に向けて孫権を動かしてほしいと書かれていた。


 「な、なんで俺に・・・!?しかも司馬懿殿って曹操の配下じゃ・・・」


 「確かに建前上は曹操の配下ですが、私はあの男が嫌いです。なので最近は自ら願って献帝のお近くにいます」


 「き、嫌い・・・?」


 どうも俺が彼を推挙したときにはまだ、そういった感情はなく素直に嬉しかったようだが、あれ以降能力のわりに重用されないと感じたため、嫌いになったようだ。


 「なので、別に推挙してくれた風魯大将軍を恨んでいるわけではありません。むしろ、この作戦が成功するかは風魯大将軍の行動にかかっています」


 「ふーん?でも、それなら劉備殿に陛下から直に送れば良かったのでは?」


 「いいえ、現状陛下の周りは私を除いて曹操の息がかかった者たちです。

董承や朱儁、王允などの忠臣がこの世にいない今、陛下が頼れるのは私しかいない。ただ、私は劉備殿と縁をしたことがない。よって、私が頼れるのはあなた様だけなのです」


 このように司馬懿から説得され、俺はその役を引き受けたが、


 「じゃあ、具体的にどうすれば?」


 と聞くと、


 「それは風魯大将軍にお任せします」


 と言って去ってしまった。


 (弱ったなぁ・・・)


 俺はしばらく一人で悩んでいたが、それをこの男が見過ごすわけがなかった。


 「風魯大将軍。大丈夫ですか、かなりやつれておりますが」


 と俺に声をかけてきたのは諸葛孔明である。


 「いや、別に・・・」


 「フフフ、隠そうとしても隠しきれませんよ。おおよそ想像がついてます」


 孔明がそう言うので、隠すことの無益を悟った俺は彼に打ち明ける。


 「なるほど、それはありがたい。これで曹操を倒す口実ができましたし、何より私と風魯大将軍の二人で江南に向かう理由ができました」


 「・・・え?」


 俺が聞き返すと、孔明はただ笑みを浮かべるのみであった。


 まだ残暑が続くこの季節。

暑さでただじめっと汗をかいている俺に相反し、彼は今後10年の構想を書いて抜かりなかったのである。

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