第78話 長坂橋に張飛あり Ⅲ
「おお!趙雲、無事でよかった・・・!」
生きて帰ってきた忠義の臣を劉備は涙目で迎えた。
「劉備様の大切なご子息もここに」
趙雲は抱きかかえていた阿斗を劉備の手に渡すが・・・
「ええい!そなたよりも大切な人はおらぬわっ!」
と、これまで抱いてきた不安などの感情を爆発させて、趙雲が助けてきた阿斗を地面に叩きつけたのである。
その姿をまざまざと見た趙雲は劉備を諫めつつも臣を想う気持ちに感激し、これからもこの方の為に尽くそうという決意をより一層、固めたのである。
一方の曹操軍はというと、趙雲に立ち向かった勇猛な将を数人失い、意気消沈の気配があったが、その重苦しい雰囲気をある男が打ち破る。
「これでも喰らえぇ!!」
その武将の名は
彼もまた曹操軍を代表する猛将の一人で、味方の士気の低下を危ぶみ、勝負に出た。
「うぬぬ!楽進め・・・!」
劉備は歯ぎしりをする。
楽進の突撃で劉備軍の一角が崩れたため、それを見て息を吹き返した曹操軍が総攻撃を仕掛けてきたのだ。
「先を急げ!早く!」
劉備は江夏への道を急ぎ、馬を走らせたが遂に長坂橋という橋の手前で再び追いつかれてしまう。
しかも、このころには劉備軍は疲労困憊であり、走るのもままならない状況であったので、誰もが死を覚悟した。
だが、その危機を救う漢がいたのだ。
いつもは酒好きで馬鹿で手が付けられないあの男・・・
「我は燕人張飛なり。お前たちにこの橋を渡すことはできない。
・・・もし、この橋を渡ろうという者があれば、この張飛がお相手致そう」
張飛はそのあごひげを逆立たせて、なのに静かな様子で長坂橋の上に佇んでいた。
その姿は不気味そのものであり、もし曹操軍がかかってきたら形相を一変させて一突きにそれを退治する、そんな気配がある。
仮にこれが橋の上でなければ横から裏から回り込んでやり合えるのだが、長坂橋は古くて狭い橋であるので、それが叶わなかった。
「ええい!この楽進が・・・!」
と例の男が前に出ようとしたが、それを張飛が静かに、ただ恐ろしくにらみつける。
すると、彼もまた恐怖の念からか上半身に足がついていかず、前につんのめって転んでしまった。
(楽進があの様では、太刀打ちできる者はこの世にいないだろう・・・)
後方で様子を見ていた曹操はそう感じて、全軍後退を命じたのである。
すると、曹操軍の将兵は張飛から逃げるように退却を始めたが、夏侯淵だけがその負けを認められずにその場に残っていた。
張飛と夏侯淵が睨み合う。
両者とも一歩も引かなかった。
そして、それを遠目で見ていた俺は今後の展開が気になり、気づかれないよう長坂橋に近づいた。
(しかし、あの橋も古そうだなぁ。張飛殿が足踏みしたら崩落しそうだ・・・)
そこで俺はピンとくる。
夏侯淵からは見えないように張飛の後ろに回ると、小声で張飛に耳打ちする。
「ほう・・・、この橋を落とすか。面白そうだし、奴も驚くことだろう」
そして、俺がそっと去った後に張飛も橋の出口まで下がると、力いっぱい橋を踏みつけた。
すると、老朽化していた橋は張飛の怪力によって崩落し、これを見せつけられた夏侯淵は青ざめる。
(まさか、橋を踏みつけただけで崩落させるとは、何たる怪力・・・!)
古い橋であることを知らない夏侯淵は健全な橋が崩落したと勘違いしたようだ。
彼は恐れをなして退いたが、その去り際に対岸の張飛へ叫ぶ。
「参った!わしの完敗だ!張飛殿にはわしの姪を渡すから妾にでもするといい!」
こうして両者は退き、劉備軍も何とか江夏へとたどり着いた。
そして、そこへ一人の女子が手紙と共に送られてきたのだ。
「おお!かわいらしい子だ!」
その女性の名を月姫、俗に
彼女は先述の通り夏侯淵の姪であり、張飛の武勇に感激した夏侯淵からの贈り物であった。
「これからよろしくお願いします」
「おお!よろしく頼む!」
張飛はその可愛さに一目ぼれし、自身の正室とした。
彼はすっかり忘れているようだが、この結婚には少なからず風魯が貢献しているのである。
※人物紹介
・楽進:曹操配下の猛将、五子良将=曹操配下で特に活躍した5人の将軍のこと(張遼、楽進、于禁、徐晃、張郃)に数えられた。
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