第54話 大将軍たる所以 Ⅲ

 ここは江南のとある民家脇の倉庫。

薄暗いその中は密議をするのに適していた。


 「聞いたか、孫権の若造が荊州に全軍で出陣したそうじゃないか」


 「ああ、聞いた聞いた。これは我々の計画を果たす絶好の機会ではないか」


 「本当にその通りだ。江南の地には風魯とかいう見せかけの大将軍しかいない」


 「よし、決行するぞ」


 弱い光のロウソクを囲む武士数人が談合の末に出てくる。

彼らは孫権の敵対勢力で、孫権支配下の江南で謀反を企んできた連中だ。



 「よし、軍備は整った!」


 「全軍で建業を攻め落とすのだっ」


 そう味方に号令をかけたのは王進おうしんという男。

反孫権の首謀者であり、かつて孫策に敗れた王朗おうろうの一族である。

 その王朗は現在曹操に雇われているが、

彼はこの江南の地に残って打倒孫権のために暗躍していた。


 だが、その王進が独断でこの反乱を起こしたのかというと、

その裏には王朗と曹操の姿が見え隠れするのである。



 「え、城下が騒がしいって?」


 孫権の根拠地である建業けんぎょうにいた俺、風魯はその知らせを聞いて嫌な予感がした。

なので、小姓に命じて状況を探らせると・・・


 「大変です!数万はいようという大軍でこの建業が囲まれようとしています!」


 と想像以上に危機的な状況である。


 「に、逃げるぞ!」


 「え、ど、どこに・・・」


 小姓が引き留めようとした時、すでに俺の姿はない。


 (とにかく生き延びないと・・・!)


 俺は建業を脱出したが、周りは見渡す限り敵の人馬で埋め尽くされている。

よって、逃げ道はなかった。


 (そ、そうだ!山に隠れよう!)


 俺はとっさの判断で建業郊外の山岳に隠れたが、

なぜか俺の後を追って孫呉の軍勢が入山してくるではないか。


 「ど、どうして付いてくる!?」


 「いや、あの、留守居の大将が討たれてしまったので、

もはや風魯大将軍の指揮に従うしかないのです!」


 その兵士曰く、挑発に乗った建業留守居の武将が出撃して

討たれてしまったのだという。

 それで大将を失って俺を頼ってきたのだとか。


 (た、頼られても困るんですけど・・・!)


 そう思う俺だが、5千ほどの兵士がついてきてしまったので、

彼らの指揮を執るしかなかった。


 「見ろ!あの山に敵の姿が見えるぞ!手始めにあいつらを叩いてしまえ!」


 敵の大将である王進の命令により、敵の本隊がこの山を駆け上がってくる。

俺のいる山は東斜面に石切り場があり西斜面に伐採場がある。

 つまり、建業の街を作る資材の供給源なのであった。


 「ひぃぃ!敵が来る!」


 俺は孫軍の大将、ひいては漢の大将軍。

しかし、戦の指揮などろくにしたこともない俺は迫りくる敵に右往左往。


 「風魯大将軍に続くんだっ」


 ただ右往左往するだけの俺に付き従うように5千の軍勢が動く。


 「ハハハハハ!あれを見よ!敵はただ山頂で右往左往しているだけではないか!」


 王進は高らかに笑う。

だが、この右往左往が結果として味方を大勝利へと導くのであった。



 ※人物紹介


 ・王朗:かつて揚州会稽郡の太守であったが、そこを孫策に奪われてからは

曹操に身を寄せている。

 ・王進:王朗の一族。

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