第53話 大将軍たる所以 Ⅱ

 「ほーう、劉備が荊州に来ているのか」


 猛将として知られる孫家重臣の甘寧かんねいに劉備の動向を聞き、

孫権は嫌な顔をする。


 官渡の戦い以前は袁紹に身を寄せていた劉備だが、

その袁紹が敗れてからは荊州の劉表に迎えられているという。


 その情報を伝えた甘寧という男は元々劉表配下の武将であったので、

荊州の状況には詳しかった。


 「しかし、周瑜。現状我々が勢力を延ばせるとしたら西の荊州しかないだろう」


 孫権の問いに軍師の周瑜はもちろん、という顔をする。


 「東は大海、南は蛮族がはびこり北には曹操めがいる。

よって荊州の劉表を攻めるしかないが、劉備という男も油断ならぬ」


 どうやら孫権は劉備をかなり高くかっているようであった。

だが、その主君に向けて周瑜が一言。


 「劉備など恐れるに足りません。むしろ劉表本隊のほうを恐れるべきです」


 これに孫権は、


 「それもそうだが、劉備という男はかなりしぶとい。

死にそうで死なない男と聞いているが?」


 と周瑜に問う。

しかし、周瑜は劉備が死なない理由を知っていたのだ。


 「孫権様、それは見当違いというものです。事実、劉備という男は

風魯大将軍に2度も助けられています。ですからその風魯大将軍を

味方につけている以上は恐れるに足りません」


 「な、何っ、そうだったのか!」


 孫権はその事実を知らなかったようでたいそう驚いたが、

その驚きがさめると劉表討伐に動かぬ理由が見つからなくなった。


 「よし、では劉表を討伐するぞ!」


 孫権は今すぐにでもと勇んだが、それを老練な張昭が諫める。


 「お待ちなさい。今ここ、江南の地は不穏です。

正直言ってまとまりきっておりません。地盤を固めぬうちに出兵すれば、

本国で謀反が起こりかねません」


 張昭曰く、孫呉には未だ若い孫権に服従しきっていない者が数多くいるという。

これは大規模な出兵をして本国をがら空きにすれば、

必ず謀反が起きるという彼の経験から導き出した警告であった。


 しかし、孫権はまだ若く、老練な張昭の意見を理解できなかった。

そのため、孫権は張昭に蟄居を命じてまで出兵を強行したのである。



 「おりゃーっ!臆したか劉表っ!前に出てきやがれいっ!勝負致さんっ!」


 甘寧が先陣を切って敵陣に切り込む。

それを見た他の猛将らもそれに続いた。


 「この恩知らずの甘寧め!この黄祖がお相手だっ」


 対する劉表軍も全軍を挙げて出撃し、その先鋒を任された黄祖が

旧臣の甘寧に勝負を挑んだ。


 「こ、黄祖か・・・!我が父上の仇敵・・・!

甘寧っ、その汚い首を挙げてくるのだっ!」


 そう、黄祖という男はかつて孫権と孫策の父である孫堅を討った人物だ。

それだけに孫呉の軍勢は復讐に燃えている。


 「なっ、三人がかりとは卑怯な・・・!」


 孫権は憎き黄祖を討つため、甘寧、周泰しゅうたい程普ていふという

猛将三人を送り込んだ。


 「ふんっ!そんな口が叩けるのも今のうちだぞ!!」


 黄祖も奮戦したが及ばず、弱ったところを最期は甘寧に討たれた。


 こうして孫軍は上々の滑り出しを見せたが、続く劉表本隊との戦いは

一変して大激戦になってしまう。

 しばらく鉾を交えたが決着はつかず、膠着状態に。


 そんな中、俺、風魯は客将として自由に過ごしていたが、

その平和な江南が一瞬にして戦場となり、俺も巻き込まれてしまうのであった。


 

 ※人物紹介


 ・甘寧:孫権が猛将についての話をしていた際に、

”曹操には張遼がいて、私には甘寧がいる”と褒め称えたという猛将。

 ・周泰:その体には無数の傷があり、孫権が”これらの傷は私を守っていた証だ”

と称賛したという武将。

 ・程普:孫呉でも年長の重鎮で程公と呼ばれる、孫呉随一の功労者。

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