第51話 十面埋伏の計 Ⅱ

 「荀攸、あの作戦を実行するぞ」


 袁紹の大軍と対峙する曹操は夕暮れ時になって

軍師の荀攸に支度を命じた。


 「承知致しました」


 すると、荀攸は曹操軍大将の一人である曹仁そうじんに詳細を話して

夜も更けたころ彼を袁紹軍に突入させる。


 いわゆる夜討ちである。


 「袁紹の首を刎ねるのだっ」


 曹仁は勇猛果敢に攻め立てたが、袁紹軍も精兵とあって陣容を立て直すと

反撃を開始。

 小勢の曹仁軍はたちまち押し込まれて後退する。


 (ふんっ、曹操の夜襲もこんなものか)


 そう思う袁紹だが、この後退する曹仁軍を追撃した際に

すっかり陣形が伸びきってしまった。

 先陣は曹操本陣の近くにまで深入りしている。


 「袁紹様、ここは前衛に退却を命じるべきです」


 軍師の郭図のこの進言に応じて袁紹は退却を指示したが、

既に時遅しであった。


 「ふ、伏兵だーっ!!」


 曹操軍は兵の半数である5万が山林などに隠れていたが、

それらが時間差で次々と出現。


 「逃げろーっ」


 その伏兵は総勢10部隊にも上り、于禁らが突撃して敵を混乱させ、

李典りてんらが中押しをし、夏候惇の精兵がダメ押し。

 それで散り散りになった袁紹軍を夏侯淵かこうえんらがさらに追撃した。


 「何!?前衛が敗れたじゃと!?」


 「はは!前衛はおろか中軍も崩れ、夏侯淵の部隊がすぐ目の前まで!」


 斥候の報告に袁紹は早くも動揺を隠せなかったが、

目の前に夏侯淵率いる精兵が迫っていることを目視で確認すると、


 「に、逃げるぞっ」


 と袁紹は本営の味方よりも先に逃亡。

よって、本営に残された兵も大将を失って散り散りになった。


 して、袁紹はまたしても大敗を喫したのである。


 

 この曹操軍の作戦は荀攸が提案したものであり、

俗に十面埋伏じゅうめんまいふくの計と呼ばれるものなのだ。



 「え、袁紹様が負けて逃げ帰ってくるって!?」


 留守居をしていた俺、風魯もまた慌てた。

袁紹のもとにずっといる気はないが、ここまで曹操軍に来られたら

それはそれで困るのである。


 (曹操は俺が裏切ったことに怒っているに違いない・・・!)


 なので、ここは袁紹を助けることに。


 「皆の者、ひとまず袁紹様を救護しに行くぞ!」


 俺は冀州の中心であるぎょう城から兵を集めて出陣し、

逃げ失せる袁紹を見つけて救護することにしたのである。


 しかし・・・


 「風魯将軍、曹操軍の先陣らしき軍勢が襲ってきたので

その大将とおぼしき武将を討ち取りました!」


 「おお、それはご苦労」


 「これがその首です」


 俺の配下がそう言って箱から取り出した首は・・・


 「・・・・・・!」


 なんと逃げ込んできた袁紹の首であったのだ。


 (ま、まずい・・・!!)


 動揺する俺。

だが、その配下はまったく気づいていないようで、


 「あら、何かいけませんでした?」


 とヘラヘラしている。


 (これではもう、ここにも居られないではないか・・・!)


 噴き出す汗が止まらない。

顔は青くなっている。


 だが、俺は顔が青いことなど気づかないくらい動揺していた。


 さぁ、どうする俺・・・


 

 ※人物紹介


 ・曹仁:曹操麾下の猛将、曹操と共に戦地を駆け巡った。

 ・李典:曹操麾下の武将、曹操が若い時から彼を支えた。

 ・夏侯淵:夏候惇の一族、その勇猛さは夏候惇と競うほどである。

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