第50話 十面埋伏の計 Ⅰ

 曹操に大敗を喫した袁紹だが、

依然としてその力は強大である。


 官渡の戦いが終わり年が明けると、

すぐさま20万の大軍を再び集めて雪辱を晴らすべく出陣する。


 「今度こそ、曹操を討つのじゃっ」


 袁紹の大号令のもと出陣した袁紹軍は倉亭そうていという地に布陣。

一方の曹操も10万の大軍を集めて布陣した。


 そして、俺はというとあの敗戦以来遠ざけられてしまい、

今は留守居を任されている、というよりも捨てられているのが現状だ。


 

 「郭図、敵の兵力はいかほどか」


 「はは、およそ5万か、それにも満たない小勢かと」


 郭図は小勢といったが、これは嘘ではない。

実際に目視で確認できる兵数は少なかった。


 「袁紹様、田豊がどうしても伝えたいことがあるとしてこの手紙を」


 重臣の逢紀ほうきという者が袁紹宛の手紙を携えてやってきた。

それに袁紹は嫌な顔をしつつも書簡を開く。


 ”袁紹様、敵は5万と聞き及びましたがこれは明らかに伏兵です。

先の大戦で曹操側についた将が多いなかでその数は少なすぎます。

どうか、慎重な進軍をお願い致します”


 「田豊の奴め、いちいちわしの意思に逆らうとは!」


 すっかり踏みつぶす気でいた袁紹は牢屋からわざわざ送ってきた

その手紙を破り捨てると、留守居役に彼を斬るよう命じた。


 「お待ちください、田豊は主君の為を思って・・・」


 重臣の審配や逢紀が反対したが袁紹は聞き入れず、

留守居役・・・即ち俺に投獄してある田豊を斬れと命じてきたのだ。


 「え、田豊を斬れって?」


 殺さなくてもいい人を斬るのは忍びないが、

袁紹の指示に従えば居心地も少しは良くなるかも・・・


 (でもなぁ、そもそもここにずっといるわけにいかないしなぁ)


 流石の俺でもわかっている、この家も先が短いということを。


 俺は悩んだ。

なぜなら仮に斬らないという選択をして袁紹に嫌われると、

居場所がなくなってしまうからだ。


 なかなか決められない俺は牢屋の近くをウロウロしていた。

すると、田豊が俺に話しかけてくるではないか。


 「風魯殿、ご安心召されよ。この田豊は自ら命を絶つ気でいるから」


 「え・・・」


 そう、あの手紙での献策は彼自身最後の進言だと思って書き留めたものだった。

だから、彼は俺に自害するための刀を持ってきてほしいと言う。


 「・・・わかりました・・・」


 俺は歯切れの悪い返事をしながらも短刀を持ってきて田豊に渡す。

すると彼は主君を正しい方向に導けなかった後悔の念からか

涙を流して自刃した。


 

 さて、田豊が死んだという報告で気分爽快になった袁紹だが、

今度はそこに遠ざけられている軍師の沮授からも手紙が届く。


 (おのれ、沮授までもわしの足を引っ張ろうとするか・・・!)


 袁紹は手紙を読まないうちに怒り狂い、沮授をも斬れと命じた。

そして俺は今度も躊躇したが、それを聞いた沮授もまた自害して果てる。


 実は沮授が送った手紙はこの前の謝罪と袁紹の側でまた働きたいという

趣旨のものであった。

 沮授という男は思いがけないことで無念の死を遂げたのである。


 

 こうして、自らの腹心であった者を次々と殺害し

いよいよ曹操との戦いに臨もうとする袁紹だが、

今度は曹操の計略にはまってしまうのであった。



 ※人物紹介


 ・逢紀:袁紹の重臣。

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