第37話 国の名医、吉平 Ⅲ

 (ふむ、時が来たな)


 俺は曹操の護衛が入れ替わる朝の一瞬を狙って彼を討つべく、

自邸に僅かながらも手勢を集めた。


 「いいか、憎きあの男が毒となって漢王朝を蝕んでいる。

そいつを叩きのめすには今しかない!」


 俺は配下に檄を飛ばして曹操の邸宅へと直行させる。

許昌の中での移動なので、そう時間はかからない。


 そのころ、曹操の邸宅では・・・


 「丞相様、吉平が問診に来ております」


 小姓が曹操に告げる。

すると彼はいつものことなので吉平を招き入れた。


 「いつもの問診を始めます」


 健康に気を付けている曹操はたまにこうして健康診断を受けている。

とはいえ、いつもは健康で特に薬の処方もなく終わるのだが・・・


 「むむ、これは病の気配が見られます」


 吉平がそう告げると曹操は驚いて、


 「何、それは治るものなのか!?」


 と吉平に尋ねる。

もちろん、実際は病などあるわけない。


 これは薬の処方と偽って毒を盛るための布石であった。


 「ご安心召されよ、この薬をお飲みになれば

そう時間はかからず楽になるでしょう」


 確かに楽になるかもしれない。違う意味で。


 「そうか、それは良かった。して、その薬は持ってあるのか?」


 「はい、ちゃんとここに」


 吉平は薬と見せかけて毒が入った箱を取り出して

さじでしゃくり、曹操の前で湯呑みの水に混ぜた。


 「さぁ、これをお飲みなさい」


 「うむ」


 曹操は彼を信頼しきっていたから何も疑うことなく湯呑みを手に取り、

さぁ飲もうとしたその時である。


 ダンッ!!


 音を立てて襖を開けた一隊の兵がその部屋に殺到する。

これに曹操は驚くあまり湯呑みを落としてしまった。


 湯呑みが割れる。


 それの破片は毒ごと床に撒かれた。


 「急に押し掛けてきて何事か!?」


 「漢王朝を蝕む毒を退治しに来た次第!!」


 俺の配下が声高らかに述べると、曹操は慌てる・・・

かと思いきや?


 「そうかそうか!この吉平が毒を盛っていたのか!

いやいや気づかなんだ」


 「言われてみれば確かに変な香りがしたんだったな」


 という風に勝手に納得すると吉平を縛り上げて首を斬ってしまった。

これにより董承の計画が頓挫する。さらに・・・


 (そうか、漢王朝を蝕む毒というのは吉平のことだったんだな)


 (確かに、あの小心者の風魯大将軍が曹操を斬るとは思えないしな)


 といった風に俺の配下たちもこれは吉平を斬れという命令だったのだと

勝手に納得し、吉平の首を携えて引き揚げてきたのである。


 自らを漢王朝の一番の直臣と自負する曹操と

俺の配下が勝手に納得し合ったことにより、俺の計画も頓挫。


 かくして曹操は二つの暗殺計画が絡み合ったことで生き延びたのである。



 「ええい、董承の奴をひっ捕らえるのだっ」


 その後、配下の密告により計画が露見した董承は生け捕りにされた上で処刑。

さらにあの詔書が亡き董承の邸宅から見つかったことで

血判を捺した面々も曹操に把握され、ことごとく処刑されるか攻撃を受けた。


 だが、一方の俺はというと・・・


 「ありがとう風魯大将軍!」


 「君が教えてくれなかったら俺は今頃ここにはいなかった!」


 といった感じで感謝され、また厚い信頼を受けることに。


 (本当は曹操を殺したかったけど、まぁいいか)


 そう思う俺は俺は気づいたのだ。

これまでの計画は身の丈に合っていなかったと。


 (やっぱりふらふらと生き残るくらいが一番いいな)


 こうして俺は原点回帰したのである。

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