第36話 国の名医、吉平 Ⅱ

 ここ、許昌にある董承の居館へ一人の老爺が入っていく。


 その者、名を吉平きっぺいといい数々の病人を治療してきた

当代きっての名医なのである。


 「董承殿、具合はいかがですか」


 吉平はその姿を見るにどちらが病人かと迷うような

やつれ気味の身体をしているが、実績からしてその腕は確か。


 そんな彼は近頃、董承の居館を度々訪問している。

どうやら董承は病気になってしまったようであった。


 「おお、吉平・・・」


 董承は作り笑いを見せたが、病状が良くないのは確かだ。


 「おかしいですなぁ、どの薬を処方しても一向に改善せぬとは」


 「・・・・・・」


 吉平はかねてから隠し事をせずに病に関することは話してほしいと

董承に語っていたが、まさか董承も


 「これは曹操討伐の詔書が下ったがための重圧によるものである」


 などと言えるわけがなかった。

だから本当は医者も呼びたくなかったが、側近が心配して

勝手に連れてきてしまったというのがこの話の始まりなのである。


 「董承殿、何か隠し事があるでしょう?」


 「・・・!?」


 吉平の切り込みに董承は慌てる。

なんとかごまかそうとしたが、その慌てっぷりは

かえって吉平の確信を生んでしまう。


 「なんでも仰ってください。この吉平、天に誓って他言しませんから」


 「う、ううむ」


 遂に観念した董承は詔書の存在とその内容をこっそりと打ち明けた。

すると、吉平は平然とした顔に似つかぬことを言い出すではないか。


 「そういうことでしたか。曹操暗殺ならこの吉平に命じていただければ、

必ずやそのご所望の首を取ってきて仕りましょう」


 「えっ」


 董承は吉平の発言の意味がわからず困惑したが、

少し落ち着いてみると、その意味は一つしかないことに気づく。


 (まさか、診察と称して曹操のもとへ行き、毒を盛る・・・)


 これまで数多くの命を救ってきた名医だが、今回は薬に猛毒を混ぜて

生きるはずの命を落とさせてしまうのだから、董承は吉平の人間性を疑う。


 「吉平、そなたは医者だぞ・・・、その医者が人を殺すというのか!?」


 だが、吉平は董承の疑いを見事に晴らす。


 「確かに私は医者です。医者だからこそ、漢王朝という体を蝕む

曹操の奴を排除しようと申しているのです」


 「この吉平も漢王朝の臣ですから」


 その言葉を董承は信頼し、彼にこの計画を一任した。

幸いにも吉平は曹操の担当医を務めていたので、近寄るのは容易である。


 

 さて、そんな計画が進行しているわけだが、

元の話では仲間を多く集めて武力で曹操を成敗しようということだった。


 それがなぜ、こうなったかというと血判を捺した諸将が軍勢を引き連れて

次々と領国に帰ってしまったからである。

 もちろん理由は人それぞれだが、董承にしてみれば

見捨てられたにも等しかった。


 こうして悩むうちに吉平に一任することになったのだ。


 だが、この一連の話を知らない俺、風魯は

単独での曹操討伐を計画している。


 よって吉平と俺は別々に動いていたが、まさかあのような形で

絡み合ってしまうなど思いもしないのであった。



 ※人物紹介


 ・吉平:曹操の侍医も務めた名医。

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